※この話とちょっとだけ関係有り。
霞んだ視界に薄い雲。底の見えない青空が穏やかに広がる。
(……あれ、おれ何やって)
暫し考え、がばと身を起こす。胸の上に乗っかっていた、読みかけの書物が落ちて土に塗れた。図書室の本だと思い当たるより先に、すぐさま拾って丹念にはたく。表紙が僅かに温かい。
(どのくらい眠ってたんだろ……日はまだ傾いてないし、そんなに時間経ってないよな)
小さく息を吐いて、土を落とし終わった本を開いた。何処まで読んだっけと項を捲るが、寝起きの頭はぼんやりと靄がかかったようで、はっきりとは思い出せない。この辺りは見た記憶がある、ああそうそうここだとようやく探し当てて、木の幹にもたれかかり、読書を再開させるも、眼は未だ重い。
頁を繰る指は段々と遅くなり、字をなぞるばかりで、内容はまったく入ってこない。かくりと首が傾いて、瞬きの間は長くなる。
日は爛々と、されど春めいて優しく。
「………………」
「……ん、わぎゃっ!」
短い間だったはずだ。しかし次に目を開けた時、先程まで姿形、気配すらも感じえなかった男が、平然と、そこに居るのが当然だと言わんばかりに、藤内の顔を覗き込んでいたのである。目と鼻の距離、顔の細かな造形をまじまじと見られ見せられ。後退ろうにも幹が邪魔をする。
「お前……何なんだよ」
「随分無防備な寝顔だ」
「ほっとけ! 大体おれの寝顔なんか見て楽しいか」
「藤内、口から涎が」
「よ……そういう事は、早く言ってくれ」
顔を逸らし慌てて口元を拭った。孫兵は特にからかう風でもなく、表情から口調まで淡々としているので、どうにも怒りにくい。一人で声を荒げているのが馬鹿馬鹿しくも思え、そうすると同級生の気配も読めず呑気に寝こけていた己への情けなさが募るのである。
「言っておくが、わたしが顔を覗き込んだのと、お前が目を開けたのは同時だったぞ。眺める間はほとんどなかった」
これまた平坦と口に出す孫兵に、最早何も言う事はなく、藤内はもつれ合う枝の向こうへと視線をやった。
孫兵もつられるように天を仰ぐ。そして一言、茶を飲みに行こうと呟いた。
ああ、何だ、それでおれのとこに来たのか、と今更ながら納得する。少しばかり暖かくて忘れていたが、眼前の男にとって、今はまだ淋しい季節なのであった。
「いいよ。行こう」
もうずっと前の、雪の日の事を忘れずにいる彼に付き合うのも偶にはいい。どの道、読書ははかどりそうにもないのだから。
藤内はかるく伸びをして、本を抱えて立ち上がった。
相も変わらず雲は薄く、空は突き抜けて青い、ある暖かな冬の日。
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