(何だか久しぶりな気がするなあ、こんなにのんびりした時間を過ごすのは) 藤内自身は比較的常識的な人間のつもりなのだが、いかんせん周りが個性的すぎた。 方向音痴に危険な生物大好き人間等、同級生だけならばまだしも先輩後輩共々輪をかけて個性的なのだから始末に終えない。 委員会も授業中も、常に周りにいる非常識的な人間に振り回される。 けれども今日は何事もなく済みそうだった。委員長が実習訓練の為委員会は休み。 移動教室がなかった所為か、方向音痴二人もちゃんと授業に出ていたらしい。危険な生物が大好きな同級生がうっかり毒虫を逃がしたり……ということもなかった。 平和であった。 そりゃあもう、平和すぎるくらい平和だった。 藤内はささやかな幸せを噛み締めるかのように、また一つ漬物を手に取り口に放り込んだ。 ああ周りに振り回されないというのがこんなに幸福だなんて知らなかった……とほくほく思いながら、漬物を噛んでいく。 漬物がすっかりなくなると、明日の予習でもしようかと教科書を開いた。目的の頁を探しながらふと、物悲しい烏の声に耳を澄ましてみる。もうすぐ日暮れ時、窓から紅い日の光が漏れてきた。 「綺麗だ……」 普段はあまり気に留めない夕暮れを、教科書の項を捲る手を止めてしばらくじっと見やった。 綺麗だ。けれど同時に、あまりにも悲しいと思う。全てを染め上げてゆく、一日の終わりを告げる色。やがてこの紅色も消えていくのだと思うと少しだけ寂しい――とそこまで考えて、藤内は苦笑いを浮かべた。 寂しいという感情が過ぎるのも久しぶりだった。様々な揉め事に巻き込まれつつも何だかんだいって楽しい日常を送っている自分は、こんな感情をすっかり忘れてしまっていたのだ。 自分の不運を嘆くことはあれど、友人達と一緒に居て寂しいと感じることはなかった。感じる暇もなかった。 (巻き込まれることに慣れてしまったんだよなあ、きっと) ほとんど毎日、何某かの困った事態を引き起こしては自分を巻き込んでいく個性的な友人達。その顔が次々と頭に浮かんでは消えてゆく。窓からは相変わらず物悲しい、日の光と烏の鳴き声が漏れてきた。藤内は教科書を閉じて立ち上がる。平和な一日が終るその前に、困った友人達に会いたくなった。 何者にも邪魔されない平穏な時間というのものは、自分には少々身に余りすぎる幸福だったらしい。やはり自分は少々おかしな――もとい、個性的な面々に振り回される日常の方が似合っているのかもしれない。 ゆっくりと障子戸を開け、藤内はまるで平穏を蹴破るように一歩踏み出した。
*************
|