祭りの夜は華やかに華やかに
 始まっては終わってゆく
 総てが幻想だったかのように
 



「賑やかだねえー」

 タカ丸は弾んだ声で、並んだ屋台の方に忙しくなく目をやる。
 そうしてめぼしい屋台を見つけると、こちらの了承も得ぬままにすぐさま一人で駆けていった。

「ちょっと、タカ丸さん、一人で勝手にあちこち行かないでください!」

 叫んでみたが、聞く気はないらしい。
 あちらからこちらへ、こちらからあちらへ。鳥が止まり木を変えるように動き回るタカ丸についてゆくのが精一杯で、滝夜叉丸としては祭りの雰囲気を楽しむ余裕もない。
 がやがやと蠢く人の波を縫って、ひたすら見え隠れする背中を追ってゆく。
 目の前を横切ってゆく幼子を避けて、笑いながら前を歩く娘たちを追い越し。
 けれどもタカ丸の背は一向に近づかない。むしろ遠ざかってゆくような気さえする。

(あ)

 ある一点で、追っていた背が消えた。
 人込みに紛れたのだろうか。あまりに唐突だったのでいささか奇妙でもあった。
 賑わしい音が周りを支配している。
 お面売の男が狐の面を母子に渡していた。駆け回っていた幼子が娘たちの輪に飛び込んでいく。娘たちは驚いて、短くも甲高い悲鳴をあげた。
 次から次へと流れては消えてゆく人々。
 その中にタカ丸の姿は、ない。

「どこに行ったんだあの人は……」

 とりあえず消えた方向に進んでみたが見当たらない。屋台にも幾つか立ち寄ったが、やはりタカ丸の行方は一向に知れない。
 波に逆らうのも疲れて、滝夜叉丸は人込みから少し外れた場所に出て休むことにした。
 手拭いで汗を拭く。
 暑くて仕方がない。
 肌を過ぎていった微風が心地よくて、やっと一息つく。
 空に闇色が迫ってくると、人の数も増えてくるみたいだ。こうして祭りに加わらず、傍観者のような立場で眺めていると、余計にそう感じる。
 タカ丸はどこへ行ったのだろう。
 益々大きくなっててゆく群衆の中で人一人を見つだすというのは中々に困難だ。
 目立つ風貌をしているのがせめてもの救いか。しかし、それをひいても面倒事には変わりない。
 拭ったばかりの頬をまた一筋、汗が伝ってゆく。
 こうしてずっと座っているわけにもゆくまい。
 滝夜叉丸は重い腰を上げた。




 掻き分けても掻き分けても彼の姿、その片鱗すら見つからない。
 冷たい汗が幾度も顎を伝い、地面に吸い込まれてゆく。
 彼は本当にこの賑やかな場所にいるのだろうか。
 ふと疑念がわいた。
 いるはずだ、と断言するには、この状況は異様すぎた。他ならぬ自分が探しても見つからないだなんて。まさかこの世から消え去ってしまったのではないかなんて、馬鹿げたことが頭を過ぎる。
 下らない妄想だ。祭りという非日常的なところにいるかららしくないことを考えてしまうのだ。
 先刻まで――とは言ってもはぐれてから随分経っているように思えるのだが――一緒に行動していた同級生を幻想みたいに思うとは。
 辺りは黒々とした色に染まっている。屋台を照らしていた行灯がぽつぽつと消えてゆく。
 祭りも終盤に迫ってきた。
 波が静かに、しかし確実にひいてゆく。
 総てが終わる。夏の一晩が。
 滝夜叉丸だけを残して。
 じりじりとした焦りが沸いてくる。
 知らず、歩みが速くなってゆく。
 先ほどのお面売りが、残ったお面を祭りが終わるまでに処分しようと躍起になって声を上げていた。
 手には白い狐面が一つ。
 漆黒の中でてらてらと光る面が、こちらを見据えているかのような気がして目をそらした。
 まったく、何から何までらしくない。
 小さく舌を鳴らす。
 苛ついているというより、例えようのない不安を誤魔化したかった。体の奥底からこみ上げてくるような不安を。
 また一つ、灯りが消えて静かになった。
 首筋を流れていた汗を手で拭った。
 祭りの雰囲気に酔ったのかもしれない。頭痛がし始めた。
 威勢の良いお面売りの声が遠鳴りのように聞こえる。最後の客が来たようだ。

「そのお面、ください」

 声のした方に視線を投げる。
 紛れもない。探していた声だった。
 果たして幾つ屋台を回ってきたのだろうか。タカ丸の手には様々なものが握られていたり、ぶら下がったりしている。
 彼は器用に懐から財布を取り出して、銭を幾つか支払った。そうして空いている二本の指で面の紐を引っ掛けるようにした。商品を処分しきったお面売りの男は、清清しい顔を隠そうともしない。吹いてきた風にお面が微かに揺れた。

「タカ丸さん」

 一連のやり取りを見ていた滝夜叉丸だが、ふと我に帰って名を呼んだ。
 探し続けていたタカ丸は、滝夜叉丸の苦労も知らず、暢気な顔でこちらに駆け寄ってくる。
 その動作に変わった様子はない。
 怒りよりも何よりも、強い安堵感が襲ってきた。

「一体どこに行ってたんですか」

 尋ねるがしかし、仄かな灯りに照らされている顔は緩やかに微笑むだけだ。言葉を一言も発さない。訝しく思っていると、からんと乾いた音を立ててお面が落ちた。面の紐を引っ掛けていた指が消えていた。追っていた背が消えたときと同じような唐突さで。
 瞳を見開く。
 視界のどこにも、タカ丸の姿は映らない。
 最後の灯りが消えた。
 暗闇の中で白い狐の面だけがてらてらと光っている。







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ブログで載せていたお話を微妙に加筆して、まとめたものです。
不思議な話を目指したはずなのに単によく分からない話に…