ぽつりと飛び出た発言に、火薬の在庫を調べていた五年の久々知兵助は思わず数える手を止めた。発言の出所は四年の斉藤タカ丸であり、彼は何をするでもなくぼんやりと倉庫の壁に寄りかかっていた。 四年と言ってもタカ丸は編入生で、本来は六年と同年齢である。後輩であるのに年上という奇妙な関係であり、徐々に慣れてきたとはいえ、今でも兵助は彼に声を掛けるときは少しだけ迷う。雷蔵の悪い癖が移ったかと僅かに苦笑して、とりあえず『先輩』の立場で声を掛けてみた。 「斉藤、一体どうしたんだ」 「言いたくないことだったら別にいいけど。委員会の仕事をサボるのは感心しないぞ」 「いや、うん、はあ……」 いかにも悩んでます、といった態度はわざとなのか天然なのか。それにしても、いつもあっけらかんとしている彼にしては妙に歯切れが悪い。好きかもしれないということは、誰か懸想する人物でもできたのだろうか。 一言注意して兵助は再度火薬の在庫調べに戻ったが、どうにも気になってすっきりとしない。一応タカ丸も仕事を始めたのだが、それでもまだ悩み顔だ。時折ため息を吐いては手を止める。しばらく無視して仕事に取り組んでいた兵助も気になって仕方がなくなり、また手を止めて隣のタカ丸へ向き直った。 「何か重大な悩み事?」 「重大というか……おれにとっては……うーん」 やはり歯切れが悪い。言おうかどうか一瞬迷ったが、結局好奇心に負け、核心をつくことにした。 「好きな人ができた、とか」 「ええっ、何で分かったんですか!?」 「……………」 あれで気づかないとでもいうのだろうか。こいつは生粋の天然だと兵助は決め付けて、小さくため息を吐いた。 「いや、好きかもとか何とか呟いてたからさ。一体誰に恋してるんだ? くの一か?」 「くの一っていうか、まあその、男、なんだけど」 「……男?」 忍びとして『色』が禁じられているためなのかは知らないが、学園内には男色に走る者もいることにはいる。しかしタカ丸は最近編入してきたわけだし、元髪結いなので他の生徒よりも圧倒的にくの一に人気がある。そんな彼が男に走るとは。よっぽど魅力ある人物なのだろうか。 「それって誰なんだ」 好奇心に駆られて尋ねると、タカ丸は困ったように口を閉ざす。しまった、他人のことなのに調子に乗りすぎたのか。兵助は謝ろうとして口を開いたのだが、タカ丸の方が寸分速かった。 「滝夜叉丸、なんだけど。知ってますか」 成績優秀で戦輪の名手だが、重度の自惚れやで自信家の平滝夜叉丸。知っているも何も、学園内で知らぬ者はいないと言い切れるほど有名な忍たまだ。それも大半が悪い意味で。 よりにもよって、タカ丸はその彼を好きだというのであろうか。 「失礼だけど、その、彼のどこが好きなの?」 「どこって、そりゃあ」 眉を下げ唇を噛み、悩み顔だったタカ丸の表情が途端にうっとりしたものに変わる。兵助が驚く間もなく、タカ丸は何かを思い出すように宙に視線をやりながら口を開いた。 「綺麗で、上品で。まるで何処かの城の姫様のような艶やかさ。触れれば蕩けるくらいの優しさと柔らかさで、それでいて芯は強い。彼は、最高だよ」 「そ、そうなんだ」 暗い倉庫内だが、気まぐれに差し込む太陽の光でタカ丸の頬が朱に染まっていることが分かる。彼は陶酔しきっていて、瞳を潤ませうっとりとした表情だ。兵助は何とも言えないまま、呆けたように一つ上の後輩を眺めていた。 綺麗で上品、まあ分からないこともない。滝夜叉丸は確かに顔は整っている。けれど姫のような艶やかさや、蕩けるくらいの優しさと柔らかさというのはどうも納得がいかない。 恋する者にありがちな盲目さなのかもしれないし、もしかしたら彼は誰も知らない滝夜叉丸を知っているのかもしれない。可能性はかなり低いが。 兵助が首を傾げていると、宙を見上げ恍惚の表情を浮かべていたタカ丸が、いきなり兵助に視線をやった。そして、その表情のまま言い放ったのだ。 「久々知先輩もいいと思いませんか。滝夜叉丸の髪の毛」 「は?」 髪の毛? では、今まで語っていた滝夜叉丸の好きな処とはもしかして……。 「やっぱり髪結いとして、あの髪の毛を見逃すわけにはいかないでしょう。梳けばさらりと音を立てそうなぐらい綺麗に流れるんですよ。女でもあれ程の髪を持っている人は滅多にいないっていうのに、まさか同学年にあんな素敵な髪の持ち主がいたとは。ああ、幸せだなぁ」 倒錯しているとしか思えない台詞を吐いて、タカ丸は何ともいえないため息をつく。一方兵助は突然脱力し、乾いた笑いを洩らしていた。 ――生粋どころか筋金入りの天然だな、こいつは。 仕事を再開させるのも忘れて、兵助は力の抜けた体でぼんやりとそう思った。
***************** ただ、この二人を出すときに困るのが、互いに何て呼び合ってるのかだったり。どちらが敬語を使うのか? とか。また口調が分かり次第修正するかも…。 |