普段なら深夜でも明るく騒がしい忍たま長屋は、今日は学園長の突然の思いつきで皆疲労困憊している為か、はたまた明日の休日に備えているのか。とにかく長屋はいつになく静かな雰囲気が漂っていた。

「で、あるからして水月の術というのは……」

 そんな中、明りが灯っていたのは四年の斉藤タカ丸の部屋である。編入生のタカ丸が授業についていくのは難儀なことなので、時々同学年の者から勉強を教えてもらっているのだ。

 今日も今日とて世話係を言い付かった滝夜叉丸と一緒に机に向かっていた。

「敵を誘い込んだり、油断につけ込んだりするおとり作戦である、と。さて、分かりましたねタカ丸さん」

「うーん、分かったような分からないような」
「私の説明で分からないわけないでしょう! ああ、まったく……」

 滝夜叉丸は軽く頭を抑えた。タカ丸はタカ丸で「いやぁ面目ない」などと言っては気楽そうに笑う。

 先生から世話役を頼まれた滝夜叉丸だが、この男はどうにも手に余った。無駄に有り余る好奇心といい、頭の出来といい、かの問題児の一年は組を連想させる。いや、下級生ならばまだ良かろう。同学年と言っても彼は上級生。例え覚えるのが遅くっても手を上げることもできないし、早々失礼なことも言えない。何ともストレスの溜まる相手である。

「それはともかく滝夜叉丸、そろそろ寝ない? 今日は疲れちゃって」

 人の気も知らないで、タカ丸は眠そうに欠伸交じりの声を張り上げた。

 正直滝夜叉丸もかなり疲れていたが、矜持が邪魔して中々眠ると宣言することができなかったのだ。だからこの言葉はまあ有難いものであった。

「じゃ、早速寝よー」

 滝夜叉丸が頷くと同時に、タカ丸は立ち上がり押入れから布団を引っ張り出した。滝夜叉丸も立ち上がり、戸に手をかけようとしたところで軽い眩暈を感じる。

 どうやら相当疲れていたらしい。さっさと自分の部屋に帰ろうとからりと戸を開けた――ところで、布団を敷いていた筈のタカ丸から声を掛けられた。

「あれ、滝夜叉丸。ここで寝ないの」
「はあ?」

 何を言う、と眉を顰めれば、タカ丸はやけに楽しそうな顔で呟いた。

「もう夜も遅いし、自室に帰るのも面倒じゃない? だから泊まっていけば」
「いや、しかし」
「大丈夫大丈夫。先生も疲れているだろうし、見回りになんか来ないって」
「…………」

 そういうことではないのだが……と続けようとしたところで、唐突に腕を掴まれ布団に倒れこんでしまった。そのまま布団の中に引きずり込まれる。振り払うことも不可能ではなかったが、何だか気力がまったく沸いてこなかった。

「滝夜叉丸と寝るのは初めてだなー」
「他とは寝たことがある、と」
「うん。遊びに来た奴とか、今日の滝夜叉丸のように勉強を教えに来てくれた奴とか。自室に戻るのが面倒だから、ってそのまま泊まる奴が多いんだ」

 屈託なく笑うタカ丸。滝夜叉丸はため息を吐いた。思えばこうやって誰かと一緒に寝るのは久しぶりだった。親しい旧友もいないし、親と寝るような歳でもない。幼い頃、母親と寝たとき以来か。

(しかし狭いな)

 タカ丸の部屋は同室者がいないので布団は一つきり。一年生ならばともかく、一つの布団に二人、というのは四年生の身には何ともきつい。

 おまけにタカ丸は二つも年上のため体も大きい。これがまだ秋だったからいいものの、夏だったならとても一緒に寝てなんかいられなかっただろう。

 寝返りを打つこともできずにいると、不意にタカ丸がぼんやりとした顔で呟いた。

「なんかさあ、二人で一つの布団の中にいると変な気分になってくるね」

 物騒なことを口走って、タカ丸は滝夜叉丸の髪に手を伸ばした。さらさらと流れる黒髪を手でいじりながら、背中にもう片方の手を回してくる。滝夜叉丸がぎょっとする間もなく、静かに抱き寄せられた。

「ねー、明日休日だし。なんかする?」
「な、なんかって、何を」
「そりゃあ布団の中で二人、することは決まっているよ」

 常の暢気なタカ丸とは明らかに何かが違っていた。足に足が絡みつき、寝間着が捲れ肌を露にする。続いて髪をいじくっていた片方の手を放し、両手で抱き寄せ。互いの息遣いと布の掠れる音だけが響き、滝夜叉丸は思わず瞳を瞑った。

 しかし、それで終わりだった。

 抱き寄せたまま何もしてこない。恐々瞳を開いた滝夜叉丸が見たのは、自分を抱きしめたまま健やかな寝息を立てるタカ丸の姿だった。

「…………」

 拍子抜けし沈黙してしまう。次の瞬間湧き上がってきたのは、単純な怒りだった。それなのにああ無常、起こして怒鳴るだけの力がもはや残っていない。

 怒鳴り責めるのは明日にしようと思い立ち、タカ丸の腕を退け、できるだけ近づかぬように体を離して眠りについた。

 

 

「あ、ごめん。おれさあ、眠いと何か変なこと口走ったりしたりするんだよね」

 翌朝、早速滝夜叉丸が問い詰めると、タカ丸はケロリとした様子で呟いた。まったく反省の色がない。滝夜叉丸は殴りたくなる衝動を目一杯抑え、人知れず決意した。

 もう絶対一緒の布団で寝るものか、と。

 

 


*************
なんだかアレですが未遂だからいいよね(何が)

滝夜叉丸はタカ丸さんに基本敬語だったらいいと思います。それと、タカ丸さんは妙に人懐っこかったらいいと思います。
そんでもってタカ滝は未遂で終わり続ければいいと思います(?