体を激しく揺さぶられて目を覚ます。不安定な瞼をこすりながら眼前の同級生を見つめた。その向こうに夕暮れ、あれここどこだっけと上半身を起こし辺りを見回すと、散らばった手裏剣が目に入った。
校庭ですよ、と呆れたように滝夜叉丸が言った。
「覚えてないんですか、あなたさっきまで気絶してたんです」
「気絶? おれが?」
言われてみれば妙に頭が痛む。恐る恐る触れてみると、ぱらぱらと土粒が舞った。そうすると痛みよりその事が気にかかってしまう性分。うわあ、早く洗い流さなきゃ、と思っていると、滝夜叉丸が手を差し出してきた。肉刺と傷に塗れ、己より大分厚い掌を、どうしてよいのか分からずタカ丸は寸の間見つめた。
「何です」
「あ、いや」
どうにも滝夜叉丸らしくない行動だと思った。彼は優しい(と少なくともタカ丸はそう感じている)が、しかしその優しさが発揮されるのは、こちらが相当困ったときだけだ。どうしても分からない問題がある時や、己ではどうにもならない状況に陥った時。そういう時、渋々ながらも手を差し伸べてくれるのが彼という人間だと思っていたのだが。
今、おれは相当困っているのだろうか。
思案する。
頭は痛い、髪は土塗れ。だが目立った外傷はない。滝夜叉丸は手を差し出したまま微動だにしない。
よく考えたらそれも変だ。ひょっとしたら目の前の彼は滝夜叉丸ではなく、別の人間なのかもしれない。確か上級生には変装を得手とする生徒もいたはずだ。そういう生徒が滝夜叉丸に成りすましているのではないか。
「タカ丸さん」
ぞわ、と総毛立った。滝夜叉丸の顔が歪んで、それは多分笑顔だったのだろうけれども、その表情の何と優しげで不気味なことか。大丈夫、自分で立てるからとかろうじて紡いだが、どうしたことか体が動かない。まるで地面に縫い付けられたように。
「タカ丸さん、どうしました」
ごくりと喉を鳴らす。後ずさろうとしたがそれさえも許されない。冷たい汗が背を伝い落ちてゆく、差し出された手、笑顔、夕焼け。どうするどうすればどうしたらいい。息をするのさえままならないこの状況で。
ざら、と己の手が土を撫ぜる。不思議なことに肩から指の先までは動くのだった。滝夜叉丸を見上げながら、手を地面に這わせると、硬く冷たいものに指が当たった。何かなんて考えはしなかった。タカ丸はそれを握ると、無我夢中で目の前の男の手を突き刺した。
……さん、タカ丸さん。
呼ぶ声が強まるにつれ、体の揺さぶりも酷くなる。ゆっくりと瞼を開けると、最早見慣れた同級生の姿が映った。名を呼んでいるのも揺さぶっているのもどうやら彼らしかった。しばしされるがままになっていたが、はっと気付いてタカ丸は立ち上がろうとする。途端鈍い音が響いて、頭を抱えた。
「あいたたたー」
「いきなり何するんですか」
額を押さえながら滝夜叉丸が非難の声を上げた。彼はタカ丸の傍らに腰を下ろし、覗き込むようにしていたので、いきなり立ち上がろうとしたタカ丸の頭突きをもろに喰らってしまったらしかった。痛む頭を撫でつつ、どうやら先ほどの光景は夢らしいとタカ丸はほっと胸を撫で下ろした。
それにしても嫌な夢を見たものだ。ちら、と額を押さえる手に視線を送る。線のような傷が幾つか刻まれているものの、真新しい傷はおおよそ見受けられない。もう一度ほっとして、タカ丸は今度こそ立ち上がった。ようやく額から手をはなした滝夜叉丸も腰を上げ、呆れたように呟いた。
「まったく、折角起こしてあげたというのにこの仕打ちはあんまりでしょう」
「ごめんごめん、一寸嫌な夢を見てさ」
頭を掻くと、ぱらぱらと土粒が落ちる。ぎくりとして地に視線をやると、幾つもの手裏剣が散らばっている事に気がついた。冷たいそれは夕焼けに照らされ、そう、まるで誰かの血に塗れたかのような、赤色。
「――あ」
「……タカ丸さん?」
滝夜叉丸が訝しげな顔をする。優しい笑顔などどこにもなく、手も差し出されない。当たり前だ、あれは夢で――夢以外の何物でもなく、そう、夢なのだ、きっと。
「タカ丸さん、タカ丸さん。大丈夫ですか。頭、痛みます?」
もしや打ち所でも、そういえば結構長い間気絶していたかもしれない、とぶつぶつ言い始める滝夜叉丸は心配げでもあり、面倒そうでもある。夢の中の優しげな表情とは似ても似つかない。そうだ、これは本物だ。あんな夢引きずっちゃ駄目だと言い聞かせて、タカ丸は頭を振る。大丈夫、とかろうじて言葉を紡ぐ。
「でも一応医務室に行った方がいいですね。顔色があまり良くない」
「そうかな。じゃあ、そうするよ」
平然と答えたつもりだったが、滝夜叉丸は益々眉を寄せた。
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、心配しなくても」
「しかし……タカ丸さん、どんどん酷くなっていってます。それに何だか足元がおぼつかないようですし。肩貸しますよ。倒れられては適いませんから」
「大丈夫だって」
「どうしてそんなに強情なんですか、この私が折角肩を貸すと言っているのに」
「ちっ」
近寄るな、と言いかけて飲み込む。どうしてそんな事を思うのか己でもまったく分からなかった。滝夜叉丸の言うとおり頭を打っておかしくなったのかもしれない。そう思わなければ説明がつかないではないか。足元から這い上がってくるこの恐ろしさ。
「タカ丸さん」
目の前の男が呆れたようにため息を吐く。それから肉刺と傷に塗れ己より大分厚い掌をおもむろに差し出した。ぐらりと視界が傾く。ど、と尻餅をつき、見上げる。彼は笑っていなかった。じとりと湿った手が地を滑る。息が妙に苦しい。足が動かない。空が酷く、赤い。
「タカ丸さん、どうしました」
ごくりと喉を鳴らす。夢だ、先ほどのは夢だ。じゃあ、今は。現実か。現実だと、言い切れるか。
ざり、と地面に手を這わす。やがて、硬く冷たいものに指が当たった。それが何なのか分かりたくなかった。無我夢中で握る、夢の中と同じ質感。振り仰ぐ。目が合った。鈍い音が響いて、その先は――。
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