久しぶりに見たのは寝顔だった。開け放している部屋の中央で、ぐったりと崩れたような格好で眠っている。結んだままの髪が床に広がり、烏の羽のような有様だ。
しばし廊下に立ち尽くしていると、もう一つ、久しぶりに見る顔が覗いた。
「起こさないほうがいいですよ。煩いから」
「あ、喜八郎久しぶりー。実習行ってたんだってね」
「ええ。五日ですけど」
どうだった、と聞くとすぐに疲れましたと返ってきた。よく見れば喜八郎の様子は酷いもので、顔には土がこびり付き、腕には幾つも掠り傷や切り傷がある。何よりも髪の乱れ具合が凄くて、思わず手が疼いた。
まだ風呂には入ってないんですよ、と喜八郎はうんざり言った。
「今から行くところなんですがね」
「滝夜叉丸はいーの?」
「奴は帰ってきてすぐ水浴びしてましたから。それにこういう時、睡眠を邪魔されると怒るんです」
「そっかあ」
「大分疲れてるみたいなので」
だから今は放っておいた方がいいですよ、タカ丸さん。
特に表情は変えぬまま、しかし常より気だるそうな声音を残し、喜八郎はその場を立ち去った。
うーんと気の抜けた声でタカ丸は手の中の櫛を見つめた。細やかな櫛の歯はしんと張り詰めている。
使い慣れたその櫛を手に、糸が切れたように横たわる滝夜叉丸の傍にそろそろと近寄って、端の乾ききっていない髪に櫛を通してみようか、と。
思ったわけだけれど。
「今日は止めておくかな」
実習先から帰っていると聞いたので訪ねてきたが。
人がいることにも気づかない程に熟睡している彼を起こすのは本意ではない。当たり前だが、起きている時にも髪は梳ける。
喜八郎にも釘を刺されたわけだし。明日あたり改めて訪ねてきた方が良さそうだ。
広がった髪、疲労の色濃い顔。寸の間眺めて、使われなかった櫛を収める。
深い寝息を確認した後、タカ丸は静かに戸を閉めた。
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