あれ、と思った時にはもう遅かった。
 鬱蒼と茂る木々を見回して途方に暮れる。声を張り上げても誰も何も返さない。迷子になってしまった、と確認するように口に出しても虚しく寂しいだけだ。
 こみ上げてくる心細さを無理やり押し込めるようにして歩き始める。迷子になった三之助を探していたはずなのに、どうして自分がこんなことになってしまっているのだろう。
 通り過ぎる木々たちはどれも同じような顔をして、四郎兵衛には区別がつかない。おまけに空は暗くなりかけていて、皆の元へと戻るのをますます困難にしていた。

「七松先輩ー、滝夜叉丸先輩ー、次屋先輩ー、金吾ー」

 返ってくるのは沈黙ばかり。それでも委員達の名を呼び続ける。この中の誰かが茂みからひょいと顔を出してくれればいいと願いながら、細々とした山道をひたすらに歩んだ。
 演習や委員会で慣れた場所だとばかり思っていたが、一度道を外れると景色はたちまち顔を変える。
 目印にと幹に十字疵をつけてゆくが、以前に迷った者が刻んだ疵が幾つも幾つも浮かんでいて、ぱっと離れるともう馴染んで分からなくなってしまう。意味のある行為とは言いがたいが、それでも気休めぐらいにはなった。
 しかし、一向に見つからない失せ物探しは疲れる。苦無で何度目かの疵をつけると、四郎兵衛はその木の根元でしばし休憩することにした。
 ぼおっと空を見ていると、ぽつりと水の粒が鼻を打った。寂しげな色合いの空が泣き出そうとしている。どこかの誰かがらしくもないことをしているのかもしれない。珍しいことが起こる時は決まって雨が降るのだ。
 だからそう、湿気た土を踏みしめる音が近づいてきた時、四郎兵衛はもしやと思って幹の向こうを振り返った。

「やっと見つかった」

 一つ上の先輩は四郎兵衛の姿を認めるとため息をついた。四郎兵衛も息をつきかけ、慌てて三之助の下へ駆け寄る。袖を掴むと何を勘違いされたのか、迷子は心細いよなあと呟かれた。否定しようとして止める。そういう気持ちが微塵もないとはいえない。三之助は怪訝な顔も、振り払うような事もせず、ううんと唸った。

「七松先輩達はどこに行ってしまったんだろう。お前知っているか」
「それは分かりませんが」

 迷子が二人になっただけで、状況はなんら変わっていない。でも、と四郎兵衛は天を仰いだ。葉の間をすり抜けて、雨粒が一滴二滴、頬と額とを滑り落ちてゆく。
 雨が降るのは誰かがらしくないことをした時と決まっている。
 袖を掴む手を少し緩めて、四郎兵衛は唸る三之助を見上げた。

「雨が降りますね」
「ん、そうだな。早く先輩達を見つけないと困ったことになるぞ」
「見つかりますよ。先輩がぼくを見つけてくれたから」
「うん? どういうことだ」

 三之助が難解な問題を出されたときのような顔をする。その鼻にぽつ、と雨粒がはねた。
 勢いを増し始めた雨が全身を染め上げたのと、二人が体育委員長の背を見つけたのと、果たしてどちらが早かっただろうか。