※五年生設定です。

 

 
 きっかけは一通の恋文だった。見知らぬくの一からの文、それが乱太郎を不機嫌にさせている理由。

「参ったなぁ」

 困惑するふりをして、ちらりと乱太郎の様子を伺う。あ、怒ってる。というか苛々と言った方が良いか。

 くの一の娘から恋文を預かってきたからとおれに手渡してくれたときにはもう乱太郎は不機嫌だった。最初はもしやその娘のことを密かに懸想していて、それで不機嫌なのかと推定してみたがどうやら違うようだ。

 乱太郎が恋をしているだなんて聞いたこともないし、素振りも見せない。だからして乱太郎が苛々している理由などおれには知る由もないのだ。

 とにかく、乱太郎はわざとおれから視線を外して不貞腐れている。室内に微妙に陰鬱な空気が流れているのが分かった。

 丁寧に折りたたまれている紙を開いて、おれは一通り文章に目を通した。結構な長さだったが、要約するとつまり、『好きだから付き合ってください』ということだ。

 まったくご苦労なことだと思う。銭にもならないことに時間をかけるなんて、おれだったらまずできねえだろう。

 床の上に適当に文を置いて、もう一度乱太郎の様子を伺い見た。やはり先ほどと同じように目を合わせてくれない。友人が女に好意を寄せられることを良しとしないのか。

 けれど優しい乱太郎のことだ、そのようなことで嫉妬しているわけではないとは思う……のだが実際のところどうなのだろう。黙っているままなのでさっぱり分からん。

 自分の部屋だというのに何と居心地の悪いことか。一応乱太郎は読書をしているようなのだが、先ほどから項の進みが鈍い、というかまったく進んでない気がする。

 机の上に置いた本の項を弄ぶように指でひらひらと捲る真似をしていてその実、機嫌の悪そうな顔で考え事の模様。

 息をするのも憚られる空気の中、おれも徐々に彼の不機嫌さが移ってきた。

 自分で言うのもなんだが、気は長くない方だ。はっきりしない態度だとかそういうものが何よりも気になるし気に食わない。このままでは乱太郎に当たり散らしてしまいそうだし、床に片手をついて素早く立ち上がる。

 部屋を出ようと戸の前まで歩を進めようとする前に、今まで沈黙していた乱太郎が声を掛けてきた。

「その恋文の娘さ」

 振り返ると、乱太郎はおれのことなど目にも入れないまま、相変わらず本に視線をやっていた。だが眼鏡越しに見える瞳が、本の項など気にしていないことは分かっている。小さな瞳には恐らくおれも本も映っていないのだろう。

 乱太郎が続ける。

「ほんの前に、わたしに告白してきた娘なんだ」
「へえ」

 ぽつりと呟かれた言葉が何を意味するのか理解して、おれは相槌を打った。恐らく乱太郎が抱いているであろう感情は一種のやるせなさ。おれは乱太郎の次の言葉を待つ。果たして乱太郎は何も映していない瞳で語った。

「何かさ。恋だの何だのってのは、すぐに心変わりしちゃうもんなんだと思ったら切なさを感じてね」
「真面目だなあ乱太郎は。女は逞しいから、一つの恋に破れたらさっさと次の恋へと移っちゃうんだよ。ましてやあのくの一だぜ? お前、五年も学園に通ってて分からないわけじゃないだろう」

 にやりと笑えば乱太郎はやっとこちらを向いてくれた。どうにもこうにも複雑な表情ではあったが、それでも似合わない不機嫌顔よりは大分ましだ。

 おれは方向転換して乱太郎の傍まで寄ると、後ろから覆い被さった。乱太郎がぐげっと間抜けな声を上げる。

「何するんだよ」
「わりぃわりぃ。だけどさ乱太郎、おれたちは違うだろ?」
「え?」
「心変わりしないってことさ。もちろんしんべヱもな。おれたちはずっと友達だろ」

 肩に顎を乗せてにんまりと笑う。乱太郎は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐにそうだねえと頷いて目じりを下げた。笑顔。うん、やっぱりこいつには笑顔が一番似合ってる。

「ところできりちゃん、返事はどうするの」
「別に興味ねえしなー。後で断っとくよ。女は何かと銭を使うし」
「結構綺麗な娘なのにな。目鼻立ちは整ってるし華奢だし。……でもきり丸らしいや」

 先ほどのまるで嫉妬でもしているかのような行動やら表情やらはどこへ行ったんだ、と問いただしたくなるような明るい笑顔を浮かべる乱太郎。まあおれも人のこと言えないけど。

 乱太郎の背中にしがみついたまま、おれは床に置いた恋文を横目で見た。墨で綺麗に刻まれている「好きです」の言葉が目に入る。重いようで軽く、風に吹かれてしまいそうな程頼りない言葉。

 好きです、か。

 心の中でぽつりと呟いて、おれは恋文から視線を逸らした。