きり乱
雨が降っている日は、どこか湿っているような気がして好きじゃあない。
何よりも遊びたい盛りだ。外に出られないことほどつまらないことも他にはない。
「そうかあ? おれは雨好きだけど」
「あれ、でもこの前はバイトができないから嫌いだとか言ってなかった?」
「今日は内職があるからなー。おれは雨でも仕事があればそれでいい」
口を動かしながらもきり丸はちくちくと繕い物をしている。
縫っているのは上級生の制服だ。擦り切れたり、破れたりしている制服が薄暗い部屋の中に積まれている。
こういうことって皆面倒くさがるからさ、ときり丸は呟いた。
「でもそれが、どうして雨が好きってことにつながるんだ」
内職は晴れていようが雨が降っていようが関係ないはずだ。
雨が嫌いじゃないというのは分かるけれども、それで好き、というのはちょっと納得がいかない。
そう言ってみるときり丸は楽しそうに笑った。降りしきっている雨に負けない晴れやかな笑みだ。
服を繕う手を止めて、ちょっと来いよと呼ぶ。笑顔のままで乱太郎の手に渡したのは針と糸だった。
「これ、何」
「乱ちゃんってば分かってるくせにー」
「もしかしなくても手伝えってこと?」
「当たりっ」
大人しく針と糸を受け取る。特にやることもないし、それならばバイトの手伝いというのも退屈を紛らわすためには良いかもしれない。
後でしんべヱも来るから、ときり丸は上機嫌。
「お前が来る前に頼んどいたんだ。厠に行ってるからもうすぐ帰ってくると思うけど」
「抜け目ないなあ」
「いやあそれほどでも」
「褒めてない褒めてない」
ぱたぱたと手を振ると、ちぇっときり丸が舌を鳴らす。だけど顔は楽しそうだ。
それから彼はなあ、とちょいと顔を寄せて「おれが雨を好きになったのはな、お前やしんべヱがバイトを手伝ってくれるからなんだ」
そう言って友人は針仕事を再開した。
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タカ滝
「雨の日は憂鬱になっちゃうね」
髪を梳かしていたタカ丸が不意に口を開けた。
昨日の夜から降りだした雨は時に激しく、時に和らいで、朝になってもなお降り注いでいる。止む気配はまったくもってない。
タカ丸は己の髪をしきりに気にしながら、
「こういう日は髪がまとまらなくて嫌だなあ」
「その前に訊きたいことがあるんですけれど……」
どうしてこの人は朝っぱらから他人の部屋に当然の如く居座って髪を梳かしているのか。
問うてみるとタカ丸は雨が降っていたからね、と呟いた。
その間も下ろした茶髪に櫛を通している。髪を梳かす音と、雨音が妙に調和していた。
「髪がまとまらないと困るだろうなーと思って来てみたんだけど」
櫛の音が止まった。代わりに床を擦って近づいてくる音。黒髪に手が伸ばされる。
「雨の日でも綺麗なんだねー、髪の毛」
「当然です。私の髪は雨如きに負けるほど柔なものではありません!」
自慢げに言いのけて高らかに笑う。
タカ丸が大真面目に頷いた。
「そうみたいだけど。でも、もしも必要なときはおれを呼んでね。髪がまとまらないとき」
「そういうときはないと思いますけど」
「もしもだよ」
こんな風に雨が続けば、そういう日が一日ぐらいあってもおかしくないんじゃない。
タカ丸は言って、再び櫛を手にした。
雨の音に混じって、髪を梳かす音が聞こえ始める。