(テーマは雪だるまでした。時間の経過は並んでいる順)


 小仙



 寒い寒いと思って、こんなに寒いんならそのうち雪でも降ってくるのではないかと考えていたら案の定ちらちらと細かい氷粒が落ちてきた。夜中、厠の帰り。仙蔵は温かさを失っていく腕をせめてもの慰めにと幾ばくか擦る。
 雪は美しいものだが、纏わりつく寒さはいただけない。きし、きしと微かに鳴る廊下を急ぎ足で、仙蔵は自らの部屋へと急いだ。
 と、誰かが部屋の前に居ることに気づく。
 暗闇の中、微かな雪の明るさに照らされる見慣れた姿。
 四方八方に飛び散ったぼさぼさの髪とでかい図体、小平太だ。 

「何をしているんだ」
「お、やっと帰ってきたな。実は、塹壕掘ってる途中に雪が降ってきたから、仙蔵にも教えようかと」
「わざわざ教えにこなくても良いのに。子供でもあるまいし雪ぐらいで喜んだりはせん」
「わたしは嬉しいが」
「そりゃあお前はな」

 仙蔵は呆れて息を吐いた。
 間近で見ると小平太の鼻の先が真っ赤に染まっていることが分かる。
 無骨な手に視線を移してみると、これもまた雪の白とは対照的に赤かった。さぞかし寒かったろうにこいつはまったく……ともう一度小さく溜め息を吐く。

「私を待つんなら部屋の中でも良かっただろうに。文次郎もこの時期は会計室に閉じこもってるし」
「折角の初雪だ。見なきゃもったいないだろう」

 やはりどこまでも子供だ。もう溜め息をつく気にもなれない。
 小平太は笑顔を浮かべているが、こちらは寒くてやっていられないのだ。
 仙蔵は部屋の前にいる小平太を押しのけ、戸を開けようとした。途端小平太がつまらなそうな声を出す。

「仙蔵、見ないのか」
「風邪をひいてはたまらないからな。お前もほどほどにしておけよ」

 ひらひらと手を振って雪見の誘いを受け流す。
 小平太はしばらく未練がましい声を上げていたが、やがて何か考えるように呟いた。

「そうだな……」

 嫌な予感に仙蔵はぎくりとして、片足を部屋に踏み入れたまま固まった。小平太の声ときたら抑えたようでどこか嬉しそうなのだ。
 こういう時は絶対ろくでもないことを考えているに違いない。
 そんな仙蔵の予感は残念なことに当たってしまった。

「そうだ! 仙蔵、丁度明日は休みだし、雪が積もったら一緒に雪だるまを作ろうじゃないか」
「……どうしてお前はそういう」
「何だ? もしかしてかまくらの方が良いか?」
「そういうことではなくてだな……いや、もういい」

 仙蔵は頭をおさえた。
 寒さの所為だろうか、頭が痛くなってきた。
 いや、無論寒さの所為だけではないが。
 はしゃぐ小平太の姿を消す為に障子戸をぴしゃりと閉めて、仙蔵は切に願った。どうか明日の朝戸を開けたら一面雪景色、なんてことにはならぬように。貴重な休みを割いて雪だるま作りに精を出すなんて間違ってもごめんだ。
 
 
 しかし仙蔵の願いは叶いそうにも無かった。しばらくすると部屋の外からごうごうと雪が乱れ吹く音が聴こえて来たのだから。



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 きり乱


 戸を開けたら一面の雪景色だったので驚いた。
 まだ誰も足を踏み入れてない、布団のようにふかふかな雪は純粋で柔らかそうだ。

「おい、乱太郎起きろ起きろ。雪だ」

 隣で安眠を貪っていた親友を急いで揺り起こす。
 乱太郎はしばしむにゃむにゃと寝言のようなものを呟いていたが、きり丸は諦めずに何度か揺らし続けた。
 やがてそれが功を成して、乱太郎は眼を擦りながらも身を起こしてくれた。

「何だよきり丸……今日は休みじゃないか」
「寝ている場合じゃないぜ乱太郎。雪だよ、雪!」
「ゆきぃ? ……あ、本当だ!」

 眠そうだった瞳は『雪』という単語を聞いて嬉しそうに開けられた。これでこそ起した甲斐があったもんだ、ときり丸は笑みを浮かべた。

「雪かきのバイトもいいけど、今年最初の雪だもんな。雪だるまでも作ろうぜ」
「珍しいね、きり丸がそういうこというの。……でも面白そうだなあ、うん、は組の皆も呼んでこよう!」

 そう言って乱太郎は布団から這い出す。きり丸はもうとっくに布団を片付けていたので、乱太郎が畳んでいる間に寝起きの悪いしんべヱを起すことにした。
 けれど乱太郎とは比べ物にならないくらいしんべヱはしぶとかった。
 起きてすぐに雪景色が見られるように戸は半分開けている。
 その間から冷たい風が入ってきて室内はとても寒いのだが、だからだろうか。布団を剥ぎ取ろうとしても彼は凄まじい力でしがみついて離れない。
 暖かい布団の中から出たくないのは分かるが、幾ら何でも執着しすぎだときり丸は呆れ笑いを浮かべた。
 きり丸が苦労している間に、乱太郎はすっかり布団を片付け終わっていたようだ。
 きり丸の傍に来てしんべヱを起すのを手伝ってくれるが、やはり一向に起きる気配がない。その内二人は諦めて、しんべヱを置いていくことにした。

「戸をこのまま開けていればしぶといしんべヱもその内目を覚ますだろ」
「そうだね。驚くだろうなあ、しんべヱ。さてと、ぼくたちも着替えては組の皆を誘いに行こう」
「おう!」

 互いににっこり笑いあって、きり丸と乱太郎は制服に着替え始めた。
 純粋な雪は魅力的に光り続けている。
 しんべヱが起きる頃にはもう雪だるま完成してるかもな、ときり丸は袖を通しながら悪戯っぽく思った。



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 タカ滝


「ねえねえ滝夜叉丸」
「ですから駄目だとおっしゃってるではないですか」
「でもさあ、初雪だよ。こんなときに勉強するなんて間違ってるって絶対」

 力説されたところで、首を振るわけには行かない。
 大体、たまの休日を潰して勉強に付き合うはめになったのは誰のせいだというのか……とよっぽど言ってやろうかと思ったが、相手が年上ということもあり、礼儀をわきまえている滝夜叉丸は寸でのところで言葉を飲み込んだ。


 事の発端は筆記試験である。学年一の成績を誇ると豪語するだけあって、滝夜叉丸の試験の結果は今回も問題なくトップだった。
 問題があったのはタカ丸だ。
 編入生の彼が授業についていくのはたやすいことではない。最近やっと基礎を理解しかけている彼が、四年生用の試験でいい成績を残せるわけはない。
 よって彼は0点という普通の四年生ではありえない点数を叩きだし、見事補習を受けることとなってしまったのだ。
 しかし……と滝夜叉丸は思う。先生たちもタカ丸の実力ぐらい分かっているのに、どうして自分たちと同じ試験を受けさせてしまうのか。
 不思議でならないのだが、つまり編入生とはいえども特別扱いはしないということだろうか。
 先生たちの考え自体は間違ったものではないと思うが、それにしてもこの場合被害を受けるのは世話係の自分だ。まったく迷惑なことである。
 不満に顔をしかめる滝夜叉丸だが、それでも朝――そう、彼の部屋にくるまではまだ使命に似たようなものを感じて燃えていた。
 こんな最低最悪の成績を出す同級生を更生(?)させるのは学年一成績優秀で何事にも秀でた自分しかいないのだと。
 最もそんな熱い考えは部屋に入った瞬間綺麗さっぱり消え去ったが。
 確かに昨日から今朝にかけてはとても冷え込んだ。
 雪が降り積もり、庭や校庭はすっかり白化粧だ。とても美しい。浮かれる気持ちも分からない……でもないかもしれない。
 だが幾らなんでも彼は浮かれすぎだ。
 滝夜叉丸が部屋を開けた途端、目に入ってきたのは小さい雪だるまだった。

「どう? ちょっと作ってみたんだけど」

 小さな雪だるまを赤いてのひらにのせながら、タカ丸はそりゃあもう嬉しそうに呟いた。
 どこぞの一年坊主か、己は。
 こちらはわざわざ時間を割いてやっているというのに、この目の前の年上の同級生ときたら。何を考えているのかさっぱり分からない。まるで某一年坊主のようだとくらくらする頭で思った。
 それはともかくだ。頭を軽く抑えて、滝夜叉丸は気を取り直した。
 補習の為の勉強をせねばなるまい。
 自分が世話役についているというのに、また二の舞をさせるわけにはいかない。
 此処は強引にでも勉強に意識を向かわせなければ。
 しかし滝夜叉丸の決意も知らず。雪だるまを机の上にのせながら、タカ丸は相変わらずの口調でのたまった。

「こんな日に部屋にこもって勉強だなんて間違ってると思わない?」
「は?」
「だから、ちょっとだけ外に遊びに行きたいなーって」
「……」

 駄目だ、この人は。滝夜叉丸ははっきりそう思った。

「我慢してください」

 こっちだって我慢しているのだから……と言いかけて口をつぐむ。
 言ったところでどうにもならない。どうせ納得してはくれないのだ。
 思ったとおりタカ丸は諦めるふうもなく。駄々をこねる幼子のように再び口を開けて、

「ねえねえ滝夜叉丸」

 そして冒頭に戻るわけである。



「駄目だと言ったら駄目です!」
「……うん、分かった」

 何回か同じやり取りを繰り返していると、やっとタカ丸は諦めてくれたようだ。少々乱れた息で滝夜叉丸はささやかな勝利のようなものを噛み締めた。――勝った! いやもちろん口だろうが何だろうがこの私が負けるなんて馬鹿なことあるわけはないのだけれど!

「では、早速勉強を始めましょう」
「あ、滝夜叉丸」

 張り切って教科書を開き始める滝夜叉丸に、タカ丸は机の上で微妙に溶けだしている雪だるまを指差した。

「これは置いててもいい?」
「駄目に決まっているでしょう。机が濡れてしまうし」
「適当な入れ物に入れるからさあ。外に遊びに行けないなら、せめて雪だるまを見て雪に浸っていようかと」
「まあ、それなら」

 それで遊びへの衝動を止められるなら安いものだ。滝夜叉丸は頷いた。
 タカ丸の顔が晴れやかに輝き、それじゃあ食堂のおばちゃんに皿でも借りてくる! と部屋から出て行く。滝夜叉丸も特に止めるでもなく、騒々しく走っていくタカ丸の足音を聞きながら勉強する準備をした。

 
 けれどいつまで経ってもタカ丸は戻ってこない。
 逃げられたのだと気づいた滝夜叉丸は頭に血を上らせて、今頃は雪遊びをしているであろうタカ丸を捕まえるために部屋を飛び出した。



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 鉢雷

 
 今朝降り積もった白雪は、夜になればもう見る影もないほどに荒らされていた。
 下級生が遊んだのだろう、所々に雪だるまや雪玉が転がっていた。中途半端に作られたかまくらである。
 どれもこれも昼の光に照らされずるずると溶かされていた。

「凄いなこれ。下級生が作ったのかな、この雪だるま」
「案外上級生だったりしてな」

 周囲に佇む雪だるまの中でも飛び切り大きい奴を指差して、雷蔵が感心したような声を上げた。
 大きさもさることながら、とても綺麗な雪だるまである。
 土や枯葉など美しさを損なうものは何もついておらず、ただ雪の白さだけで成り立っている。とてもじゃないが下級生達に作れる代物ではない。
 けれど圧倒的に大きく美しいこの雪だるまもやはりところどころ溶けかけ崩れていた。
 明日か、もしくは運が良ければ明後日までは持つかもしれない。
 けれどやがては皆と同じように溶けていく。

「……溶けると分かっているものを作る意味はあるんだろうか」
「何か言ったか、三郎」
「いいや」

 わたしは頭を振った。ふうんと返事をする雷蔵はいつの間にかしゃがみこんで、大きい雪だるまから少し離れたところに小さな雪だるまを作っていた。お世辞にも綺麗とはいえない、不恰好で少しばかり土の混じった。

「そんなもの作ってどうするんだ」
「どうもしないさ。只、ぼくもちょっと作ってみたくなって」
「どうせ溶けるのにか?」

 わたしを見つめる雷蔵の目が少しばかり見開かれた。
 けれど瞬間穏やかな笑みを浮かべ、彼はわたしから自分の不恰好な雪だるまに視線を移して、
「そりゃあ溶けるだろうね、明日か、明後日あたりには」
 白い息とともにぽつりと洩らされる。頭が胴体よりも少し大きく、危うい均衡を保っている雪だるまが少し傾いた。雷蔵がもう一つ、息を吐いた。

「いつかは溶けてしまうから美しいともいえるよ」
「そういうものか」
「そういうものだ」

 雷蔵は立ち上がって、赤くなった手に息を吐いた。
 わたしは彼の作った雪だるまの傍で悠然と佇む大きな雪だるまを見つめた。
 この美しい白い塊は、いつか溶けてしまう。とろとろと、時間をかけて。かつての面影もなく、やがて誰の記憶からも消えてしまう。
 だからこそ美しいというのだろうか。

「美しい、か……けれど雷蔵の作ったそれは、溶ける前から不細工じゃないか」
「ほっといてくれ」

 不恰好な雪だるまを指差し冗談交じりに呟くと、口元を引きつらせながら雷蔵は顔を赤らめた。

 いつかは溶けてしまう雪だるま。
 けれど今は確かに此処に佇んでいる。