※虫が大嫌いだという方にはご注意。
「そういうわけでよろしくね三人とも!」 可愛い女の子二人に魅力的な笑顔で懇願されれば、大抵の男は嫌とは言えまい。けれども乱太郎、きり丸、しんべヱの三人組は、健全な男とは思えないほどはっきりきっぱり「嫌だ!」と断言した。清清しいほどだ。 当然こんなにはっきり断られては、可愛い女の子――ユキとトモミが黙っているはずがない。 花のような笑みはどこへやら、二人は眉を寄せ合って、何とも不機嫌な表情になった。 「どうしてよ。女の子がこんなに困ってるっていうのに」 「あんたたち、それでも男!?」 「それを言うんならおれらだって問いたいぜ。いきなり長屋にやってきて腹に蹴りかました挙句無理やりくの一長屋に連れ込むなんて、女がやることかよ!?」 威勢よく反論したきり丸に、両隣に立っていた乱太郎としんべヱももっともだと言わんばかりに頷く。この意見にユキとトモミは顔を見合わせ、そして悪気の欠片もなく呟いた。 「男子禁制のくの一長屋に入れるなんて滅多にないんだから、むしろ有難く思って欲しいわよね」 「そうそう。そもそも女にやられる男の方が問題大有りでしょ。女らしさを問う前に男らしさとやらを磨くべきでなくて?」 「……………」 これにはさすがのきり丸も閉口するしかなかった。もともとくの一と張り合おうという方が無理だったのだ。 三人は少々の情けなさを感じながらも、ユキとトモミの言うことを聞くしかないと項垂れた。 すっかり大人しくなった男共に、ユキとトモミは満足したような笑みを浮かべて、それじゃあ……と三人に再度申し付けた。 「私達は長屋の外で見張っているから、あんたたちはさっさと忌々しいアレを退治してちょうだい」 「終ったら余計なことはしないで、速やかに出て行くように」 不満たらたらという顔をしながらもこくりと頷いた三人を、ユキとトモミは自分達の部屋へと通した。そうして自分達は入らずに、すぐに障子戸を閉める。ぱたん、と小さな音がして、三人は部屋へと閉じ込められた。 「さぁーて、どうしようかね」 くの一から開放された安堵感にきり丸が溜め息をつく。乱太郎もそれに倣ってほぅ、と微かに溜め息をついた。本当は盛大につきたい気分なのだが、それでは部屋の外にいるユキとトモミに咎められてしまうだろうと思ったのだ。 もっとも気づかれたところで彼女達は決して部屋には入ってこないだろうが。 「まったく、バイトだったら気合入るんだけどなー。ただ働きじゃなあ」 「仕方ないよ。あの状況で断ったら、絶対また蹴りいれられただろうし」 「さっさとやって早く帰ろうよ」 きり丸も乱太郎も乗り気ではなかったが、しんべヱの意見を尊重するしかなかった。 あの二人が見張っているとはいえ、万が一シナ先生にでも見つかったらえらいことだ。大騒ぎになって、土井先生と山田先生に怒られるのは必至。 それだけならまだしも、罰として便所掃除一ヶ月なんてことになったら目も当てられない。 「それにしても随分良い部屋だよなぁ〜」 アレを見つける為にきょろきょろと辺りを見回していたきり丸が羨ましそうに呟いた。呟いただけならよいのだが、彼の顔は次第に緩んでいき、やがてでれっとした表情で、 「おれ、女装してくの一教室の生徒に……」 「なったら友達やめるぞ」 お約束につっこんでから、乱太郎も辺りを見回した。しんべヱも机の下を覗き込むなどして、アレの姿を懸命に探している。 常なら探してまで姿を拝みたいなどとは間違っても思わないのだが、今は別だ。是が非でもさっさと見つけ出してしまわなければならない。 しかし三人の捜索にも関わらず、アレの姿は一向にお目にかかれない。 広い部屋だが一通りは探したはずである。床も、天井も、柱も、机の下も、押入れも。 くの一たちは絶対見たと主張していたが、もしかしたら何かの勘違いだったのかもしれないなあ……と三人が思い始めていた。そのときである。 「あ、あわわわわっ」 部屋の隅に一枚、落ちていた座布団を拾い上げた乱太郎が動揺したような声をあげた。普通ではないその声に、二人が急いで駆け寄る。 「どうしたの、乱太郎」 「どうしたんだ?」 「あ、そ、そこにいるるるるっ」 いる、というのはもしかしてつまり……思い至ったきり丸はひくひくと頬を引きつらせた。しんべヱだけは何がいるの? と疑問のようで、乱太郎はそろりと後ずさりしながら座布団の上、一点を指差した。暗い色の座布団なので一見分かりにくかったが、確かにそこには黒い何かがいた。 そう。女の子にとって史上最悪の天敵、ゴキブリである。しかもかなり大きい。 さっきはあんなに待ち望んでいたというのに、いざ目の前に現れるとやはり怯んでしまう。それでも退治しなければこの部屋から出ることはならない。乱太郎は勇猛果敢にゴキブリへと立ち向かおうと、手を振り上げた。 しかし唐突に思い出した。 ユキとトモミの頼みは「ゴキブリを退治すること」だ。 それなら単純明快なのだが、実際は色々とややこしい注文がつく。すなわち、ゴキブリを叩くこと無かれ、潰すこと無かれだからといって逃がすこと無かれ。生きたまま捕まえて(鼻水は不可)、くの一長屋周辺から連れ出すことが条件。それから先は殺すも生かすも自由だと。 つまり三人は部屋の中でゴキブリを殺すことができない。これは難しい注文だった。少しも傷つけずに生け捕りにするなど相当難しい。 仕方なく乱太郎は振り上げた手を下ろして、二人と相談することにした。 ゴキブリは座布団の上から動こうとしないので、少しの時間相談していても支障はないだろう。だが、その考えが甘かった。 三人が相談し始めた途端、ぴくりともしなかったゴキブリが突然動きはじめたのだ。 「うわっ!」 それもこちらに真っ直ぐ向かってきたので、三人は飛び上がった。 わたわたと行ったりきたり、互いに互いと頭をぶつけて痛がる暇もない。一匹のゴキブリに此処まで驚くとは本当に情けない話だが、今の三人はそれどころじゃなかった。 「く、くそー! いつまでもわたわたしてる場合じゃないぞ!」 一通り騒いだ後、気合を入れるようにきり丸が叫んだ。向かってきたゴキブリを捕まえようと手を伸ばす。しかしゴキブリの方もおめおめ捕まれないとばかりに、指と指の間を縫って器用に逃げ回る。乱太郎としんべヱも応戦するが、やはり逃げられるだけだ。 「あ、しんべヱそっち行ったぞそっち!」
「きり丸、ぼくの手を叩くなよ!」 もう大惨事だ。くの一長屋にいるということを忘れ、三人とも大声を張り上げた。右往左往、あっちに行ってはこっちに向かい、手を叩き足を踏み。 戦いは延々と続いたが、終わりの時はやってきた。 段々と要領を得てきた三人組は、上手くゴキブリを隅に追い込んだのだ。これにて見事ゴキブリは御用となった。 「いやー、良かった。これでやっと部屋から出られる」 「こうもゴキブリに手こずるなんてなあ」 「ほんとほんと」 生け捕ったゴキブリは乱太郎の手の中。三人は晴れ晴れしい気持ちで部屋を出た。しかし、障子戸の外には見張っているはずのユキとトモミの姿が無い。 その代わりに仁王立ちしていたのは、くの一教室担当の山本シナ先生だった。 若々しいその顔には笑顔が浮かんでいる。何も知らない輩ならば見惚れてしまうかもしれないそれも、三人にとっては恐怖の対象でしかなかった。何しろ目が笑っていないのだから。 果たして、笑顔のままシナ先生は呟いた。 「やけに煩いと思ったら案の定ね。二人に聞いたわ。貴方達、随分大変な目に遭ったようね」 「は、はい。そりゃあもう」 「そうですそうです。ぼく達苦労したんです」 「だ、だから叱らないで下さいぃ」 「そうね」 シナ先生の笑みが深くなる。それでもやっぱり目は笑っていなかった。 「私は貴方達を叱るようなことはしないわ」 「ほ、本当ですかあ」 思いもよらない言葉に三人はほっと胸を撫で下ろしたが、シナ先生は笑顔のまま人差し指をくいっと塀の上に向けた。 しなやかな指の先を見た三人の顔が、真っ青を通り越して土気色になっていく。忍たまの校舎とくの一の校舎をしきる高い塀の上には、三人の担任、土井先生と山田先生の姿があった。二人ともシナ先生の笑顔とは対照的に、こめかみに血管をくっきり浮かべて怒りの表情だ。 シナ先生がふふ、と優しく笑う。 「貴方達を叱るのは、二人の役目ですものね」 ゴキブリの時とは比べ物にならない恐怖に、三人の顔はいよいよ引きつった。
最後に。ゴキブリ嫌いな方、大変失礼致しました。 |