頻繁には来れないからといって選んだ造花は身動きもせずに私達を囲っている。母の墓の前で背中を丸め、手を合わせる父の横顔は、今日も傾いて見えない。私は後ろに突っ立って父の真似をした。でも、線香の香りまでは纏えない。
 墓参りが終わると、私達は決まって手をつなぐ。私は母に似ているのだそうだ。そう口に出される度に私はそうかな、と首を傾げた。そうだよ、と父は言った。じゃあそうなんだろうね、と答えながら、心の中ではやはり首を傾げたまだった。
 静かな並木道をゆっくりと歩いた。人があまり通らない、寂しげな道だった。こういう道では、騒がしいはずの蝉さえも密やかに鳴いている気がする。じりじりと、焦げるような声をして。
 髪を切らなきゃなあ、と唐突に父が呟いた。私は手を滑らせそうになった。驚いたのと、後、汗ばんでたの半分。何で、と私は背まで伸びた髪の先を指でつまんだ。ここまで伸ばすのは大変だったんだよ、と唇を尖らす。だって暑いだろうと父は涼しげに返した。父の髪は短く刈られていて、私は常々男っていいなあと思っていた。もし私が男だったら、父みたいに短く、いや、こんなに暑い夏ならば、坊主にしてやるのにと、男に生まれた自分を想像してみたりもした。でもそれはあくまで想像であって、本当の私は女なのである。だから私の髪は長いままだった。
 けれど、と私はつまんだ髪を引っ張ってみた。黒髪はちょっと湿って肌に纏わり付いている。父は涼しげな首元を晒して、そこをたまに空いた手で掻いていた。
 短いの、いいかもしんない。
 正直ここまで伸ばしたのは、美容院に行くのが面倒なのと、何となくもったいないと思ったからだ。意地とかこだわりとかはほんの少し。父の言葉であっさりと揺らぐ程度。
 じゃあ明日切る。そうしろ、そうしろ。父は笑って私を見た。私も父を見た。じりじりと控えめな蝉が鳴いた。風が吹いて長い髪が踊った。父の体から線香の香り。
 そこで夢から覚める。私は父の子ではない。永遠に世界から消え去った、母そのものなのだった。私を見る父の目は、いつまでもどこまでも、母ばかりを映しているのだ。その中に彼の娘はいない。彼の中に、私は存在しなかった。




 寂れた道の先にある、寂れた和菓子屋で、お菓子を買って帰った。部屋の電気を点けて早々、父は白いシャツに膝上の短パンを着け、扇風機の前で読みかけのまま置いていった新聞を読んでいる。どうやら虫に食われたらしく、時折首の後ろを掻いていた。
 私は買ったばかりのお菓子に手を伸ばした。壁に寄りかかり、立てた膝の上に水羊羹を置いて、ちょこちょこっとつついてみる。それから小さく切った欠片を口に運ぶと、甘ったるい味が口いっぱいに広がった。
 おおい、自分ばっか食ってないで俺にもくれよ、と父が新聞から顔を上げた。はいよ、と私は父の傍まで這ってって、小倉味を手渡す。どーもと父は言って、それから仏壇に視線をやった。母さんにもあげとけ、と少し顔を傾けた。
 私は仏壇まで這い進み、写真の傍に抹茶味の羊羹を置いた。笑う母の髪は短かった。
 少しそれを眺めて立ち上がると、また床に寄りかかって小倉味の羊羹をつつき始めた。






 



(2008/9/1)