私の彼は浮気性だ。
 今日も今日とてシャツにきつい香水の臭いをつけて帰ってくる。



「少しは私のことも考えてよ」
「いつも言ってるだろ、お前が一番だって」

 適当なことを言ってはまた懲りずに出かけていく彼の袖を掴むのはもう疲れた。私は台所で玉ねぎを刻んで涙を流す。いつものこといつものこと。呪文のように唱えながら小さな丸テーブルの上に一人分の食事を置く。
 一人で食べるシチューの味にはもう慣れた。
 主人の居ない椅子が語る寂しさにだって。
 私は彼と一緒に選んだお皿の中のシチューをすくっては口に運んでいった。涙が沁みこんでいる玉ねぎが私の中に溶けてゆく。一緒にすくったクリーム色の液体とともに。
 彼が他の女を抱いてくるたび、私の心は重く暗く、悲しみと憎しみだけを残して深いところへと溶けてゆく。溶けてしまったものはもう二度と戻ってこない。
 最後に残るのはどんな感情なのだろう。考えると、どうしようもなく恐ろしくなる。
 私はスプーンいっぱいにシチューをすくった。波波と危なげに揺れる液体は絶妙なバランスを保っている。
 いっそ零れてしまえばいいのにと思った。
 全て零れてしまえば楽になるのに。
 それでもやっぱりクリーム色は零れなかった。私は溜め息を吐いて、スプーンを口に運んだ。空気にさらされたシチューは冷えかけている。口の奥で溶けてゆく冷たさ。同時に私の中で何か大事な感情が失われてゆくのを感じた。
 多分、最後に残るのはクリーム色のような優しい感情じゃない。
 私は壁にかけている時計を眺めた。
 彼はまだ帰ってこない。




 



(2007/3/24)