私には生まれたときから足枷がついているんです。それは固くて、重く、けして外れない。そして今まで、私以外の誰にも見ることはできなかった。どんなに幸せだと思っても、友人や恋人と笑いあっていても、いつだって心の中で足枷のことが気になっている。私に安息はないんです。平穏もないんです。


 彼女はそう言って僕に抱きついた。長い長い前髪の奥底から一筋二筋、涙の跡。嗚咽を洩らして、縋りつく。振り落とされたりしないように、僕の袖をぎゅうと握り締めて、彼女は赤い唇を小さく開いた。

 あなただけ、あなただけが私を理解してくれる。何をしても楽しめず、何をしても喜べない私の心を、あなただけが分かってくれる。


 それは思い込みだ、けれど今の彼女に告げるのはあまりに酷だったので言わずにおく。彼女はそれきり満足したように、さり、と足枷を鳴らして僕の胸の中で黙りこくった。彼女は激しく思い込むことで幸せになったのかもしれない。同じ立場の人間ならば自分の心情を全て理解してくれると。
 僕は彼女の長い黒髪を優しく梳いてやった。さり、さり、と彼女の足枷とまるで同じような音を鳴らして、黒髪は僕の腕に、手に、指に絡み付いてやがては枷になってゆく。
 僕は自分の足に視線をやって、それから溜め息を洩らした。

 彼女には僕が理解できないように、
 僕にも彼女が理解できない。

 僕は絡みつく髪の毛ごとまとめて彼女を包み込み、耳の傍で囁くように口を寄せた。


 君は幸せだよ。自分は幸せでないと思っていたのかもしれないけど、君は他のどんな奴よりも幸せで、きっとこれからも不幸を知らずに生きるんだ。


 生まれたときからついている固くて、重く、けして外れない枷よりも、年をとるごとに増えていく柔くて、軽く、ふとした弾みで外れそうになる枷の方がやっかいなことを僕は知っている。




 



(2007/3/18)