「"君"というのは何か他人行儀な気がしないかい」 三郎が訝しむのも無理はない。夜遅く、もう寝るぞというときに突然言い放たれたのだ。布団を両手で持ったまま、三郎は軽く首を捻った。雷蔵が少々困り顔で、「だから」と続ける。 「友人とか、親しい間柄で使う二人称としては適してないような気がするんだけど」 更に首を捻る三郎に、雷蔵はこっくりと頷いた。その瞳に茶目っ気めいたものはなく、雷蔵は至って真面目に言っているようだ。 布団を敷いてからその上に胡坐をかく。雷蔵が押入れから布団を出し、敷き終わるのを待って質問してみた。 「しかしこれは半ば癖のようなものだからな。どうして欲しいんだ?」 そう言ってみても雷蔵は納得していないようだ。しかし三郎としては彼が何を求めているのか皆目検討もつかない。 先ほどの言葉通り、何かをして欲しいというわけではないのかもしれないし、或いは口だけで、何かをして欲しいのかもしれない。 「もう寝るぞ」 布団に潜り、灯を消そうとしていたところを雷蔵に止められる。首を動かすと、今まで悩んでいた様子の彼は晴れやかな顔をしていた。それに少々妙なものを感じて、三郎は身構えながら尋ねる。 「どうした」 ――何をおっしゃる雷蔵さん。 三郎が怪訝そうにしているのに気づいたのだろうか、雷蔵は眉を下げ、困ったように笑った。 「『君』っていうの、何か余所余所しいじゃないか。けれど『お前』だったらそういうの感じないかも、と思って」 三郎は、『お前』と呼ぶことに別に抵抗はないのだ。それに一度だけならお安い御用。しかしてこのまま言うことをきくのは面白くない。何かいい悪戯はないだろうか。例えば―― (そうだ) 面白いことを思いついて、三郎はにっこりと笑った。またまた何かを悩みはじめたらしい雷蔵に声を掛け、こちらを向かせる。 向いた瞬間手を握って、雷蔵の顔のままじっと彼の瞳を見つめた。 咄嗟のことで手を振り払えなかったのだろう。雷蔵はあっけに取られたような顔をしている。 「雷蔵、お前のこと」 慌てふためく雷蔵の手を更にぎゅうと握る。真剣めいた色を瞳に滲ませて、止めの一言を口に出した。 「わたしはお前のことを……友達だと思っているぞ」 雷蔵の手から力が抜けたのが分かる。少しからかいすぎたかと手を放し雷蔵の肩を叩いてみると、彼は呆けたような視線を三郎に向けた。そして数秒後、怒鳴り散らす声が部屋いっぱいに響いた。 「お、お前なぁ! からかうのも大概にしろよっ」 雷蔵に怒られながら、三郎は反省もせずに考えていた。雷蔵が聞いたら間違いなく頭を抑えて悩み続けるであろう考えである。 (雷蔵もまだまだ茶目っ気が足りないな。……よし、この手の冗談に慌てふためかないように耐性をつけさせてやろう) にやつかないように気をつけながら、三郎はこれからどんな悪戯をしようかと思案し始めた。
困った友人が更に困ったことを考えているなんて思いもよらず、雷蔵は深夜近くまで三郎を怒鳴り続けたのだった。
*********** ところで書いてみて気づいたんですが、この二人書くの難しい…。他人の書いたものを見るのはとっても好きなんですが、自分で書くとなると難しいものですね…。
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