※きり乱五年生設定です。

 

 
 ひたり、ひたり。先ほどから後をついてくるものがある。ひたり、ひたり。耳をよく澄まさなければ聞こえないほど静かな足音の主は、決して物騒なものの類ではない。否、むしろ可愛いという形容がよく似合うであろう生き物。

 仔猫だ。

 全身黒色の仔猫がつかず離れず、街を外れた辺りからずうと後を追ってくる。

「あの猫、さっきからずっとついてくるな」

 隣を歩いていたきり丸がこっそり耳打ちしてきた。猫に聞こえないようにという配慮なのか何なのかは知らないが、そう心配せずとも大丈夫だろうに。話し声に驚いて逃げるのならばもうとっくにそうしているはずだ。何しろお使いの為に学園を出てから今まで、二人の間には雑談が絶えなかったのだから。

 乱太郎はそっと後ろを振り返った。ひたひたと後ろをついてきていた黒猫は、乱太郎の視線に気づいたようだ。一鳴きもせずに立ち止まり、ただこちらを凝視する。きり丸がひょいと仔猫の方へ足を踏み出した。

「おーい、お前何のつもりだよ」

 猫は返事もせず、又、きり丸へは視線もやらず、乱太郎だけを熱心に見つめ続けている。その姿はまるで精巧な置物のようだ。乱太郎は好奇心を覚え、きり丸が行ったように一歩踏み出した。そのまま触れ合える距離まで近づくと、目の前の小さな生き物を驚かせぬようにしゃがみこみ手を伸ばした。

 温かそうな黒毛で覆われた顎をごろごろと優しく撫ぜる。仔猫は逃げもせず、気持ちよさそうに瞳を細めた。

「可愛いねえ、この子」
「そうかあ?」

 同じく手を伸ばそうとしたきり丸だったが、あっさりとよけられてしまった。とはいえ仔猫は特に慌てたようでもなく、二人からちょっと距離を置いてから懲りずに見つめてきた。もちろん今度も乱太郎のみを、だ。

 猫とはいえ、無垢な瞳に始終見つめられているというのはなんとくすぐったい事なのか。乱太郎はしゃがんだまま仔猫ににじり寄り、それからよしよしと頭を撫で始めた。

 すっかり拒まれたきり丸といえば、乱太郎の少し後ろに立って面白くなさそうに、

「乱太郎ばっかりずるいよなー。もしかしてその猫、乱太郎に恋でもしてんじゃねーの」
「んな馬鹿な」

 軽い羨望が混じった言葉に、乱太郎は思わず吹きだし、片手で口を抑えながらけたけたと笑った。できるだけ笑い声が響かないようにと慮ったのだが、至近距離だ。ちょっとやそっとの話し声ではびくともしなかった仔猫もさすがに驚いたようで乱太郎の手から素早くすり抜ける。それから金色の瞳をこちらに向けながら、ひた、ひたと一歩二歩後退した。

「あー」
「嫌われたな」

 まだ触り足りなかったのに……と声を上げる乱太郎を、きり丸は茶化すように笑った。少々恨めしくなって、きり丸の顔を睨みつける。

 仔猫のそれより複雑な視線を注いだ結果、きり丸は笑顔を僅かに引込めて「わりぃ」と謝罪してくれた。けれど長い付き合いだ、彼がまだ内心笑い続けていることはよおく分かっていた。

 しかし仔猫に嫌われたというだけで彼を責め続けているのも滑稽だ。乱太郎は立ち上がり、もういいよと呟いた。

「どっちみちそろそろ帰らないといけなかったしね」
「そうだな。しかしお前も仔猫に負けず熱心だったなあ。……まさか惚れちまったとか?」
「だから、馬鹿なこと言うなって」
「照れるなよ」
「お前なあ……」

 下らない話と共に二人は学園への道を歩き始める。仔猫の視線は相変わらず背中に突き刺さっているが、振り返るのは未練がましくていけないと気にしない振りをした。

 きり丸の飛ばした下らない冗談にげらげらと笑い、取り留めの無い話をしてはうんうんと頷きあう。もうすぐ学園が見えてくるだろう。

 ふと遥か後方から仔猫の鳴き声が聞こえてきたような気がした。はっとして耳を澄ますが、ひたひたと一途に自分を追ってくる足音は無かった。

 それきり仔猫の姿はおろか声も聞こえやしない。学園まで飽きずに雑談を繰り広げたのだが、しばらく乱太郎の耳には短くも優しい、仔猫の鳴き声が残っていた。

 

 

 

*************
きり乱…なのかなあ。微妙な感じですけれど(いつものことだ!)
乱太郎には猫がよく似合う気がする…。きり丸はまんま猫っぽい。