「先輩」
「…………」
「せんぱーい」
「…………」
「……あのー、中在家先輩?」
「…………」

 何度呼んでも、長次は返事をしてくれない――どころか、視線すら返してくれない。先ほどから書物に没頭しているのだ。
 きり丸はため息をついた。この先輩はどうも苦手だ。

 雷蔵、いやこの際久作でも構わないから、他に誰か居てくれれば良かったのにと思う。
 こういう沈黙には慣れていない。
 しんとした図書室。頁をめくる音だけが響く。
 
 きり丸は目の前の棚を見上げた。誰かが悪戯したらしく、本の並びがぐちゃぐちゃだ。誰だか知らないけど暇なことだよなあ、ときり丸はうんざりと思う。暇な時間譲ってくれないかなとも思った。そうしたら有意義に使ってやるのにさ。
 
 ああしかし、これほんとどうしよう。

 一通り棚を見回して、きり丸は口を曲げた。
 よく見れば別の棚にあるべき書物も混じっている。それも結構な数。こんなもの、いちいち棚に戻していたらどれだけ時間がかかるか。ちらり、と本を読んでいる長次を盗み見る。相変わらずの仏頂面で長次は頁をめくっていた。
 
 よし、とりあえず全部、綺麗に見えるように並べておけばいいか。
 
 書物を元の位置に戻すのは保留にしておこうなんて、久作辺りが聞いたら眉を吊り上げること確実である。しかし彼はここにはいないから全然構わない。長次だって幾ら呼んでも気づいてくれなかったのだし、まあいいだろう。
 そうと決めたら早速取り掛かることにしようと、乱雑に置いてある巻物に手を伸ばして――

 きり丸が巻物を掴む前に、背後から傷だらけの大きな手が伸びてきた。ついさっきまで本の頁をめくっていた手だ。いつの間に、ときり丸が振り返ると、長次はぼそりと呟いた。

「……それは、ここの棚じゃない」
「え、あ」
「後ろの棚……」
「は、はいっ!」

 巻物を手渡されたきり丸は、慌てて後ろの棚へ回った。巻物を元に戻してさりげなく胸に手を当てる。心臓がばくばく言っていた。あの唐突さは心臓に悪い。

 棚に戻ってくると、書物を何冊か渡された。ぼそりと呟かれる指示を聞き取って、あちらの棚へこちらの棚へと奔走する。終わった頃には、委員会終了の時間が迫っていた。

 棚はすっかり綺麗に片付けられていた。
 何となく、きり丸は棚の前に立ちつくす長次の隣に並んだ。
 しばしの沈黙の後、ぽんと頭に温かい感触。何かと思って長次の顔を見つめると、無表情な顔はこちらに向けられていて、大きな手はきり丸の頭に置かれていた。
 これは一体、どういうことなんだろう。
 きり丸は疑問を浮かべたが、長次の口は黙して語らない。
 疲れただろうと労わってくれてるのかもしれないし、よくやったと褒めてくれているのかもしれない。
 
 多分、どちらにしろ悪い意味ではないだろう。
 だって置かれた手は温かくてどことなく優しい。
 先輩は苦手で、こういうのも少し苦手だけど……嫌いというわけではない。

 
 きり丸は黙って頭に手を置かれることにした。僅かなくすぐったさを感じながら、整とんされた棚を見上げてしばらく黙っていた。


 
 



*************
委員長は下級生から慕われていればいいと思う。