割烹着姿のタカ丸が差し出した碗を、滝夜叉丸は神妙な面持ちで見つめた。

「つかぬことを訊きますが……そのとても不味そ……いえ、その汁物料理は何なんですか」
「これ?」

 何故か得意そうに胸を張る。

「味噌汁だよ」
「味噌汁……」

 とてもじゃないが味噌汁には見えない、どころか食べ物にも見えない。もしやこれは毒か何か危険物の類ではないだろうか? かろうじて汁物料理なのだと分かったが、臭いが濃すぎて鼻をつくし、底は泥水のように濁っている。具は見えない。

「で、はいこれおひたし」

 続いて出てきたのは、しんなりと力のない山菜のおひたしであった。どう見ても茹ですぎで、香りがほとんど感じられない。
 先ほどの味噌汁に比べればまだマシな代物であるが、決して食欲をそそられる代物ではなかった。

 出された料理を見ていると、いっそ狂おしいほどに、美味しい食事を作ってくれるおばちゃんを恋しく思えてくる。
 同時に恨めしくもあるわけだが。
 
 彼女は近くの寺に用があるのだといって、午後から留守にしていた。
 
 そこまではままあることなのだが、彼女は代わりに食事当番であったタカ丸に四年生用の夕食作りを頼んだのだった。
 これがどれほど恐ろしく、危険なことか。
 彼にはとても料理が出来るとは思えない。そして実際出来ていない。一口含んだだけで悶絶してしまいそうな恐ろしさが全体に漂っている。見た目は不味そうだが実は美味しいなんていうお約束な意外性もまったく期待できそうにない。

 少しばかり料理から離れて(臭いがきついため)滝夜叉丸はたっぷりと味噌汁が入った碗に目を向けた。

「これ、味見してみました?」
「してないよ。でも大丈夫、他に味見した人がいるから」
「え」
 
 こんなものを食す人間がいるなんて。一体どんな猛者なのか。
 タカ丸がへにゃりと笑った。

「さっき久々知先輩が来たから、味見してもらったんだよ」
「食した感想など聞きましたか」
「うん。しょーてん? しそうだってさ」
「昇天……」

 あまり馴染みのない先輩だったが、これ以上ない同情の念が沸いた。

  あの先輩は結構気がいいといった感じだったので、押しに押されて仕方なく箸をつけたのだろう。
 確かタカ丸の委員会の先輩だったはずだから、その関係もあったかもしれない。
 
 彼は学年が違うから、食堂などに来なければ料理と言う名の危険物食さずにすんだというのに、運の悪い。
 しかし滝夜叉丸が何を思ったとて、久々知にとっては最早遅すぎたのだった。
 だからせめて哀れな先輩の冥福を心から祈ろう。
 ……別に死んだわけではないけれど。

「どうしたのそんな神妙な顔をして」
「いえ何でも」
「そう?」

 タカ丸が瞳を細くする。口の端を実に楽しそうに持ち上げて、

「それなら、滝夜叉丸も遠慮なく食べ」
「そっ、その前に!」

 慌てて言葉を遮った。
 このままでは久々知のように取り返しがつかなくなってしまう。

「タカ丸さんからお先にどうぞっ」
「おれ?」
「そう! 味見は料理の基本中の基本です! それを怠るのは食事当番としてどうかと思います!」
「そうかな」
「そうです!」

 彼は味噌汁とおひたしをじっと見つめて、うーんと逡巡するように唸った。いや待て何故そこで悩む! やはり自分自身だって不味いと思っていたのではないのか。 
 滝夜叉丸が思い始めた矢先、タカ丸はこくりと頷いた。

「つまみ食いするみたいで嫌だったんだけど……そこまでいうなら」

 不味いと思っていたわけではなかったらしい。タカ丸は味噌汁の入った椀を手に持った。
 見ているこちらの手に汗が滲む。
 滝夜叉丸が見守る中、タカ丸は椀を少しばかり傾け、それから大きく開けた口に運んだ。



 
 それからは到底語るに忍びない。
 とりあえずこの日以降、調理場に立つタカ丸の姿を見たものは誰一人としていない。





 
 



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何か色々おかしい話。