いつも不機嫌そうに眉をよせるか得意そうに自慢話を繰り広げるかのどちらかだった君が、初めておれの前で泣いた。

 釣りあがった瞳からぼたぼたと雫が落ちてきてはおれの頬を濡らす。

 ああ冷たい、いい加減泣き止んで欲しいんだけどと願うのに君は全然そんな素振りを見せない。

 眉をつり口を引き結び。それなのに瞳は涙で潤んでおり、厳しい表情になりきれていない顔のままただただ泣き続ける。

 それを見ていられなくて、おれは手を伸ばそうとしたんだけど、どうしたことか手が動かない。

 何かぬるぬるとした気持ちの悪いものが纏わりついて離れないのだ。そういえば先ほどから脇腹の辺りが妙に痛む。現実味のない痛さ。自分の脇腹がどうなっているのかは分からない。今、自分がどんな状態なのかも。

 おれ、あんまり痛みに強くないんだけどな。

 服が破れているのだろうか、鋭い草がちくちくと肌を刺す。

 ただし脇腹には何かの布が巻かれているのか、草の葉で刺されることは無かった。それ以上の痛みはあるのだけれど。

 強い強い土と鉄錆のような臭いがする。地面に寝かされている、自らの動かぬ体。そして、涙を流す君の顔。

 ともすれば朦朧となる意識を何とか奮い立たせながら、おれは泣き続ける君の涙を止めようともう一度動かぬ手を伸ばそうとした。

 けれどやっぱり手は動かなくって、代わりによぎった痛さに顔をしかめる。

「     」

 涙を流しながら君の唇が動いた。

 おれは必死で聞き取ろうとしたのに、言葉の欠片さえ拾うことができない。そういえばさっきから何の音も聞こえてこない。

 はて、確かここは森だった気がする。鳥や虫がにぎやかに鳴く声とか木々の揺れる音とか風の音とかするのが普通じゃなかったか。

 けれどやっぱりおれの耳には何の音も聞こえてこない。完璧な無音。

 少々戸惑って口を開けてみた。目の前の君の、名前を呼んでみる。

 耳が聞こえないからちゃんと言えているのかどうか自信がなかったけど、君はこれ以上ない程瞳を見開いた。はずみで、また涙がぼたぼたとおれの顔に落ちて頬を伝う。

 ああまるでおれが泣いているみたいじゃあないか、いい加減、泣くのは止めてくれよ。

 小さく呟こうとしたが、何故か急激に眠気が襲ってきた。

 もはや脇腹を苛む痛みもあまり気にならない。君の泣き顔が歪んで、視界から徐々に消えていく。目蓋を閉じてしまいたい。

 
 このまま、

 痛みも、目の前の涙も、忘れ、て。

 
 誘われるまま、流されるままに目蓋を閉じようとする一瞬前、涙の代わりに君の綺麗な黒髪が落ちてきた。

 閉じかけていた目蓋をこじ開けると、君の顔が鼻先にくっつきそうなほど近くにあって驚いた。背中を丸め、顔がおれとぶつからない程度のところまで伏せて。縋るように、祈るように泣いている。

 長い、癖のある前髪は力なく垂れており、おれの顔をさらりと撫でた。

 それが心地よくて、また眠気に襲われそうになる。けれど先ほどには感じなかった予感が頭を過ぎった。

 今眠ってしまったら、おれはもう絶対にこの、顔にかかる綺麗な黒髪を梳くことはできなくなる、そんな予感と――

 
 君が流す涙を、もう二度と止められなくなってしまうという予感。

 



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痛い…。ほのぼのを目指すんじゃなかったのか自分。

ちなみにやっぱり死ネタは苦手なので、タカ丸さん死んでませんよ! 助かりますよ!
ってこんなこと前にも。ある意味これは『おやすみ』の姉妹版ですと言えなくもないのかもしれない。