教育魂に燃えているとかそういうことだろうかとも考えたのだが、彼女に限ってそれはないとすぐに打ち消した。 短期間とはいえ、お世話になった学園を迷いも無く裏切ることができる女なのだ。そんな彼女が教育魂に燃えているはずがない。 しかしそうじゃないとなるとどういうわけで。懸命に考えてみたがさっぱり分からない。 天賦忍者協会の派遣社員である二人は時々顔を合わす。例えば今日みたいにだ。協会の本部の前で照代を見かけた突庵は、今が好機だと考えて彼女に声をかけた。ここは素直に尋ねるしかない。 最も彼女が答えてくれるかどうかは分からないが。 「何かと思ったら、そんなこと。別に教えてやってもいいわよ」 一応それ相応の覚悟をしていたのだが、彼女はこちらの意に反して恬淡と返事をした。 ぽかんとした顔をしていると、不審げな視線が向けられる。そうだ、拍子抜けなどしている暇はない。彼女の気が変わらないうちにちゃんと聞いておこう。しっかりと彼女の言葉に耳を傾ける。 しかし彼女が次に口にしたのは、突庵の予想とは反する言葉だった。 「でもね突庵、その前にあんたのことを聞きたいわね」 「え?」 「人に名を訊く時はまず自分からって言うでしょ。それと同じだよ。人に理由を問うときはまず自分から話すのが礼儀ってもんじゃない?」 筋が通っているようで通っていないような台詞であるが、突庵は成程その通りかもしれないと納得し、まずは自分が教師を希望した理由を話すことにした。 「ええっと」 わざとらしくごほんと咳をしてみる。形から入りたいタイプなのだ。 「僕はね、ずばり! 教育魂に燃えて」 「あら、思ったよりもつまらない話だったね」 「つまらないって……僕は本気だったんだ。ただ、実力がついてこなかっただけで」 「あんたねえ」照代は呆れたように溜め息をついた。 「今時そんなの流行らないわよ」 「流行る流行らないの問題じゃない! 僕は純粋に忍者の先生に憧れて」 「だから男は夢見すぎっていうんだ。そういう夢想はちゃんとそれ相応の実力をつけてから言ってもらいたいわ」 「君こそ」 いささかむっとして、突庵は眉を寄せた。確かに自分に実力が足りないのは事実だが、同じく教生をくびになった彼女に言われたくはない。突庵は少々声を荒げて、 「教生をくびになったくせに」 「まあそれはそうだけど」 少しは悔しさで言葉に詰まるとかそういうことを予想していたのだが、照代の声はあっさりしたものだった。今度こそ素直に拍子抜けしていると、彼女はちっちっちと偉そうに指を振って突庵に詰めよった。 「突庵、過去のことを気にしてたって何にもなりゃしないんだよ」 「え?」 「大事なのはその先だってことさ。確かに私は教生をくびになったけどさ、でも、そんなことでうじうじしてても始まんないだろう。忍者どころか、人間としてもあまり良くないね。後ろ向きっていうのは」 「まあ、それはそうだと思うけど……」 「そうでしょ。だから私は教生をくびになったことを引きずったりはしないんだよ」 そこでふう、と満足げな息を吐いて、照代は「それじゃあ」と手を上げた。 彼女の力強い言葉に押されていた突庵は、やはりまだボケーっとした状態で「うえ?」と間抜けな声を出した。 「男がなんて情けない声出してるんだい。……いやそんなことはともかく、仕事があるからね。そろそろ行くよ。あんたと違って忙しいんだ、私は」 口元に微かな笑みを浮かべて、照代は颯爽と去っていった。 背筋をピンと伸ばし、自信とか希望とかに満ち溢れた歩き方だ。 ううん、と突庵は唸った。彼女はなんと前向きな人間なのだろう。冷酷で非情なところはあるが、彼女のああいう姿勢は見習うべきかも知れない。 しばらくぼんやりと照代の背中を眺めていた突庵だったが、ふと何かを忘れていることに気づいた。いや、忘れているというか何かはぐらかされた感じだ。そもそも自分は彼女に質問したのではなかったか。 「ああっ!」 照代の背中が見えなくなった頃、突庵はしまったと叫んだ。 彼女の答えを聞くのをすっかり忘れていたのだ。というか途中から話がすり替わっていた。大体何故過去だとと後ろ向きだとかの話になったのだろう。質問と全然関係ないじゃないか。そして幾らなんでも気づくのが遅すぎるぞ、自分。 「……まあ、いいか」 少しばかり頭を抱えていたものの、幸いにも突庵は立ち直りが早かった。 答えが聞けなかったのは心残りだが、彼女とは時々会えるのだ。その時にまた尋ねればいい。今度ははぐらかされないように注意しようではないか。 照代に勝るとも劣らない前向きさで突庵はそう誓ったのだった。
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