土産を頼んだ覚えはないが、臨海学校から帰ってきた仙蔵はタコを一つ……じゃあなくて一杯っていうんだったか。とにかく大きなタコを持って帰ってきたのでわたしはすっかり驚いた。
 驚きすぎてしばらくぽかんと口を開けてしまった。

「どうしたんだ、これ」
「タコだ」
「それは分かってる」
「土産だよ、土産。煮るなり焼くなり好きにしろ」

 ひらひらと手を振りながら仙蔵はさっさと何処かへ去っていった。
 わたしと土産のタコを置いていって。





 仙蔵には変なところがある。

 随分前だが、市に出かけるという仙蔵に土産を頼んでみた。
 とはいっても別に高いものじゃあない。手に入りにくいものでもない。普通に、手ごろな値段で買える物をだ。仙蔵だって返事をしてくれた。

 それなのに帰ってきたら自分の分の荷物しか持っていなかった。
 土産は、と訊いたら忘れていたと間髪無く答える。文句を言うと煩そうに逃げるか、適当に聞き流すかのどちらかだ。
 万事その調子だから、さしものわたしだって最後には仕方ないかと投げてしまう。

 かと思えば頼んでいないのにお土産を持ってくることもある。
 そういう時は驚くけれど嬉しい。期待していない分、嬉しさもひとしおって奴だ。

 しかしこれで調子に乗って次出かけるとき頼んだりすると、仙蔵は大体買ってこない。
 理由はやはり忘れたっていうのが多いけど、時折面倒くさかったとかにべもない答えが返ってくるときがある。
 仙蔵は少し天邪鬼なのかもしれない。
 このようなことを重ねているうちに、わたしはそう思うようになった。頼むと買ってこない、頼まないと買ってくるなんて天邪鬼のようじゃないか。
 分かっているなら頼むような真似は止めればいいのではないかと思うだろうが、稀に頼んだものをちゃんと買ってくることもあるから止められない。
 中途半端に天邪鬼だから困るのだ。





「仙蔵って天邪鬼なところあるよな」

 いつものように仙蔵が土産を買ってこなかったとき。わたしは口を滑らせて言ってしまった。
 機嫌を悪くするかと思ったが、仙蔵は少し黙った後、何故かいきなり笑い出した。

「天邪鬼か、天邪鬼」

 天邪鬼天邪鬼と何度も呟いて、仙蔵は笑ったまま姿を消した。

 それから仙蔵は頼むと必ず土産を持ってくるようになった。今までの仙蔵からは考えられない劇的な変貌振りだ。
 その代わり頼んでいないときは決して土産を持ってこなくなった。
 天邪鬼から普通になったのだ。
 いや仙蔵にとってはまったく普通のことではないけど。
 それによく考えれば普通と言うには徹底しすぎている。

 最初わたしは嬉々としてこれに乗じ、土産を頼みまくろうと思った。
 だが今までに慣れてしまっていたがために、この状況を怪しんでしまって、逆に土産を頼む回数は減ってしまった。
 当然、仙蔵が土産を持ってくる回数も減った。

 



 そうしたところにこのタコだ。
 少しばかり時期外れの臨海学校に行くとは聞いていたが、頼んでいないから土産などまったく期待していなかった。だから本当に驚いた。
 一瞬これは誰かの変装ではないかと思ったほどだ。
 だがわたしが仙蔵を見紛うはずもない。あれは確かに仙蔵で、持ってきたものはタコのお土産だった。

 仙蔵が何を考えているのかはさっぱり分からないが、とにもかくにも元に戻ったわけだ。
 そのことにわたしは思ったより安心していた。
 仙蔵は少し天邪鬼なくらいで丁度いいのだ。





 わたしは残されたタコの足を一本掴んで持ち上げた。とっくに締め上げられているのでぴくりとも動かない。
 身が引き締まっていてとても美味そうだ。
 煮るなり焼くなり好きにしろと言っていたので、後で食堂のおばちゃんのところに持っていって何か作ってもらおう。
 そして仙蔵と一緒に食べよう。