天から降る雨は地を揺るがし、荒んだ風は全てを巻き込む。
明日は、嵐がくる。
「嵐がくるな」
盥をひっくり返したような雨に耳が痛くなる。きっちりと閉められているはずの戸は、先ほどからガタガタと壊れそうな音を立てている。豪雨、烈風。戸が壊れないようにと中から木の板を打ち付けて、仙蔵は溜息を吐いた。
「仙蔵、文次郎は」
「嵐は忍者の味方だとか何とか言いながら出て行ったぞ」
「ふーん、わたしも行けばよかったかな」
「阿呆か。嵐の夜くらいじっとしていろ」
釘を板に打ちつけながら言う小平太に、仙蔵は呆れて視線を向けた。冗談冗談と笑う小平太を見ながら、こいつならやりかねないと仙蔵は思う。何せ存在自体が嵐のような奴だから。
それからは二人無言でとんとんとんと釘を打ち合う。その間にも何度か風が戸を揺らした。今日持ちこたえたとしても明日はどうなっていることやら……と考えながら、仙蔵は相変わらず釘を打つ。とんとんとん。
「しかしお前、自分の部屋に戻らなくていいのか」
ふと思って、仙蔵は隣で作業にいさむ小平太に声を掛けた。小平太は手を止めず、うーんと唸る。
「大丈夫だろ。っていうか戻ろうにももう長次がわたしたちみたいに」
とん、と音高く釘を打ち込んで小平太は手を止めた。
「戸に板を打ち込んでいる」
「まあそうだろうな」
さしもの小平太も板を打ち込んである戸を開けて部屋に入るわけにはいかない。それに此処から出る為にはまた板を外さなければならないし。考えるに値しない。――そんなこと分かっている筈なのに、何を訊いているんだろうか自分は。
「仙蔵、不安?」
「何がだ」
釘を打ち終わった小平太が鉄鎚を片付ける。仙蔵も最後の一つを打ち終えて、ついでにと小平太に鉄鎚を手渡した。
戸が、かたかたと揺れる。
「わたしが居なかったら仙蔵一人になるもんな、この部屋」
「馬鹿なことを」
呟くと、小平太は「そうか?」と首を傾いだ。仙蔵に背中を向けながら鉄鎚を押入れの奥にしまい込んでいる様子。仙蔵は戸の前に立ったまま「何が」と問うた。小平太が振り返る。
「だってさ、嵐の夜は不安にならない?」
「先ほど外へ飛び出そうとしていた奴の台詞かそれは」
「わたし思うんだが」
押入れを閉めて小平太が静かに呟く。仙蔵は彼の次の言葉を待った。風と雨とが戸を叩く音を聞きながら。
「多かれ少なかれ、不安になるんだよ。人は。だからわたしは部屋を飛び出したいと思ったんだ」
「どういうことだ?」
「この部屋」
小平太は立ち上がって片手で部屋を振り仰いだ。
「狭いだろ」
「……つまり何が言いたい」
「狭いから不安になるんだ。閉じ込められたかのようで。それならいっそ、嵐の中にでも飛び出していった方がましかと思った」
風の音が、雨の音が、戸が揺れる音が。
不安に、なるのだと。
気づけば仙蔵の隣には小平太が居て、板を打ち付けたばかりの頼りない戸に触れていた。嵐の音が届いては消えることなく部屋へと響く。響いて、響いて、身を穿つ。
普段の小平太では考えられない言葉に、仙蔵は少々目を見開いた。がたりと戸が鳴る、今この瞬間も、この男は不安にさいなまれているのかと思い。
「お前も人間だったんだな」
「どーいう意味なんだそれ」
「自分で考えろ」
軽口を叩けば、むくれたような――けれど笑みを返してくれる。つ、と近寄ってきた無骨な手を頬に当てられて衝動的な口付けを一回交わしてから、仙蔵はぽつりと呟いた。
「少しも不安にならないといえば嘘になるが」
「うん?」
「今は、そうだな」
今度は仙蔵の方から近寄って、自分よりも少々背の高い小平太へと唇を寄せた。衝動的ではない口付け。それから一言、小さく呟いた。
が、たり。
戸が揺れる。
天から降る雨は地を揺るがし、荒んだ風は全てを巻き込む。
優しい、言葉さえも。
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今まさに台風が来ています。凄いです。
ということで突発的にこへ仙SS。仙蔵は基本、クールで何考えているか分かんないキャラとして認識している私なので、彼を書くのは難しいです。でも楽しいです。
ところで文次郎はどうやって自分の部屋に戻るんだろう…というツッコミは不可です(笑)
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