※六年生設定
死体の臭いが鼻をつく。けれどそれ以上に辺りを漂う死の香りの方に頭が痛んだ。
傍で座り込んでいるきり丸は無表情でわたしの手元を覗き込んでいる。少しは手伝ってくれてもいいのにと思うけれど、いつもこうだとさすがに慣れた。わたしはひたすら怪我人の手当てをしてゆく。
山になっている人間達の、半数以上が既に死んでいた。止血をしたって助からない人だってざらだ。
それでもなだらかな山の中には、かろうじて息があり、手当てをすれば助かるような人もいてややこしい。
わたしは一人ひとり状態を確かめて、助かりそうな人の四肢や腹に包帯を巻いていった。
きり丸はその間、走り回るわたしの後を従順な犬みたいにくっついてくる。手当てを始めるとすぐ傍にかがみこんで、包帯を巻くわたしの手を見続けて。
慣れているから緊張して手元が狂うなんてことありはしないけど、これはきっと奇妙な光景なんだろうなあと傍観者みたいに思う。
片っ端から怪我人の手当てをして回り、特に何もしないけれど常にくっついてくる二人の忍たま。
改めて思い直すと、こんなに奇妙で変な光景もないかもしれない。
だけどわたしにとっては慣れきったことである。きり丸がどう思っているのかは知る由もないけれど。
もしかしてきり丸は人を死なせたくないのかもしれないというのは、わたしが勝手に思っていることだ。
危険に陥れば躊躇いなく人を殺すことができる彼に下す結論としてはあまりに矛盾しているかもしれない。だけれどわたしにはそう思えて仕方がないのだ。
きり丸はわたしなんかより――多分は組の皆と比較しても、多くの人を殺している。仕方の無いことだけど、それにしても随分な数を。
そんな彼がわたしを怪我人の前にわたしを連れてきたのはいつ頃からだったのか。春、だった気がする。六年に上がったばかりの頃。花が綺麗に咲く、暖かな季節。
最初はそりゃあ驚いた。だって怪我人っていっても、ほとんどはきり丸自身が傷つけた兵士とかだったりするんだ。今日のように戦の後、誰がつけた傷か分からないものを手当てするときもあるけれど、大体は前者の方が多い。不気味に思わなかったといえば嘘になる。
でもわたしとて怪我人を前にすれば保健委員の血が――あ、いや、血なんて流れてたら嫌すぎるけど。とにかくどうにも放っとけない性分である。これ以上死の匂いを濃くしないよう善処はする。
きり丸は手当てが完全に終わるまではほとんど無言だ。いつものような軽口が影を潜めて、真剣な顔をした彼は途端に大人っぽさをのぞかせる。
整った顔は緊迫感さえ漂い、男のわたしでも見惚れる……ってのは幾らなんでも大げさすぎるか。
夜になって闇が濃くなると、さすがに手当てもできなくなる。
手元が見えないし、生きている人と死んでいる人との区別が曖昧になってどうしようもないからだ。もうそろそろ引き上げようかと顔を向けると、きり丸はゆっくり立ち上がった。
「すまねえな」
聞き違いではないのかというくらいの小さな声で呟く。
何がすまないというのだろう。
立ち上がってすぐこちらに背を向けたため、きり丸の表情はちらりとも伺えない。
ああもう。
包帯をしまって立ち上がる。どこかで呻き声が聞こえた。だけれどこれ以上はどうすることもできない。後ろ髪を引く声を振り払って、わたしはきり丸と一緒に歩き出す。
すまないという言葉はどう解釈すればいいのだろうか。
引っ張り出してきたことに対してなのか。それとも何も手伝わず手元を始終眺めていたことに対してなのか。
いっそ、聞き流すべきなのか。
だけどもしも、単純に、引っ張り出してきたことに対して謝っているのだとしたら、それは間違ってる。
お人よしと散々いわれるわたしだって、嫌ならばとっくに断っている。
救える命ならば、助けてやりたい。
正直、彼に感謝しているところもあるんだ。
きり丸ほどじゃないけど、人を殺したことのあるわたしが、積極的に人を助けようとするときに感じる矛盾ほど複雑なものはない。
怪我人の前に否応なく放り出してくれるきり丸は、わたしに後ろめさが軽減するくらいの理由を与えてくれる。きり丸がどう思っていようと、わたしにとってはそれが事実で真実だ。
わたしはきり丸が望む限り怪我人の手当てをし続ける。
死に向き合えない彼の代わりに、いくらだって向き合ってやるのだ。
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