白粉はたいて紅差して。
小袖を纏えばあら不思議、可愛い可愛い娘さんに早変わり。
「自分でよく言うよなあ」
「うふふふ。乱ちゃん良いこと教えてあげる。女装はノリと勢いよ」
「その笑いやめろよ気味悪い」
あらひっどーいと出来うる限りの高い声を上げてみると、乱太郎は本気で気色悪そうに両腕を抱いた。失礼な奴だ。これでも女装には結構自信あるんだぞ……と内心思っていると、乱太郎は桃色の小袖を着込みながら、
「確かにきり丸は容姿もいいし、女装なんてわたしより遥かに上手いよ。だけどさあ、やっぱりそのわざとらしい声はいただけないっていうか」
「あらそう?」
「そうそう」
こくこくと頷く乱太郎。ううむ、とおれは唸った。さすがに十四にもなると、慣れているとはいえ、女装もきつくなってきているのかもしれない。
虎若とか団蔵、金吾とまではいかないが、鍛えた体を完全に化粧や小袖で隠すのは無理がある。顔はまあ良いとして、首とか手とか足とか。それと声。
声変わりはもうとっくに済ましてあるので、甲高い声は無理やり出しているんだが、ちょっと油断するとすぐ地の声が出る。
だからして女装の最中は気が抜けない。常に女になりきって高い声を出すよう心がけねばならないのだ。
しかしそれがわざとらしいとは。
「じゃあどうすりゃいいんだよ」
「……男の声もなんか違和感があるなあ」
「どうすればいいのかしらあ?」
「かといってその声も」
「乱太郎さーん、いい加減にして下さる?」
「そう言われても変なものは変なんだよ」
にべもない。
いつまでもくだらない言い合いしていてもきりがないので、おれは女装中は『わざとらしい声』で過ごすことに決定した。やっぱり女の姿なのに男の声ってのは気味が悪いもんな。
さて化粧も終わり、結論も出したおれは暇になったので、乱太郎の女装っぷりを見守ることにした。
ほぼ同じ時間から支度をし始めたというのに、乱太郎はいまだ小袖を着ただけで、顔はまったく素のままだ。正座して、左手に白粉、右手に鏡を持ったまま黙っている。何だか少ししょげているような、困っているような、そんな風な顔だ。
「どうしたのよ乱ちゃんったら。押し黙っちゃって」
「だからその声……いやもういいや。あのさあきり丸、課題ってさあ」
「ああら忘れちゃったの? 殿方を一人誘惑して、櫛や簪や、まあ何でもいいんだけど、とにかく一つ物を買ってもらえばいいのよ」
「そうだよねえ」
呟いてからまた思案げな表情をする。一体どうしてしまったんだ、乱太郎の奴。
課題自体は面倒くさいが難しいことじゃあない。その気になれば男の一人や二人、こちらから強引に誘えばいい。
下手な鉄砲数打ちゃ当たるの如く、時間かければどうにでもなるだろ。あの化け物……じゃなくて、あの伝子さんでも昔お茶に誘われたっていうしさ。信憑性はどうも薄いが。
まるで鏡と睨み合いをしているかのような乱太郎に、おれはややあって声をかけてみた。もちろん地の声でなく。
「ねえ乱ちゃんたら、どうしたのよ浮かない顔で」
「だってさきりちゃん、わたしってば女装似合わないだろう」
「あらやだそんなこと気にしてるの」
「そんなことって」
わたしにとっては重要なことなんだ、と僅かに眉を吊り上げる乱太郎がおかしくて、おれは袖を口に当ててクスクスと笑った。本当は思い切り声を上げて笑いたかったのだが、そうすると折角の化粧が崩れる。
こういうときでも女らしく。姿勢を崩さないように。いやあ徹底してるねおれってば。なんて思うとますます笑えてくるんだけどさ。
乱太郎は笑っているおれを見て複雑そうな溜め息をついた。さすがに笑いすぎたのかもしれない。おれから視線を外して、鏡と睨めっこ。
かといってどちらも笑い出しやしない。
乱太郎は本当に自分の姿を気にしているらしかった。
おれは笑うのをやめて、乱太郎のまん前にすすっと寄った。
確かに彼は少々女装には不向きな体をしているかもしれない。手は農作業の所為でまめなんかできて、柔らかさなんてこれっぽっちも見当たらないし、足首だって引き締まっている。
けれどおれたちの年ならば少なからず誰だってそうだし、そもそも女装に向いている体というのも男としてどうなのかという気にはなる。
それに、それにだ。体はそうだとしても、乱太郎の場合顔は大丈夫な気がする。
頬に浮いたそばかすは白粉塗れば目立たないし、眼鏡の奥の小さい瞳だってつぶらで可愛いっちゃ可愛い。ふわりとした赤毛も柔らかそうだし、全体的に濃い感じがしないから手とか見せなきゃ多分男とはばれないだろう。たとえ声がちょいと低くったって、笑顔を浮かべりゃ誤魔化せる。
化粧さえ失敗しなければ、乱太郎はたちまち愛嬌ある娘さんに変身だ。
おれは迷っている乱太郎の手から白粉を掴み取った。何をするのかと言いたげな顔から眼鏡を外して、素早く且つ丁寧に白粉をはたいてゆく。
「うわちょっと、何するんだよ」
「ふふふ。乱ちゃん、さっきも言ったけどね、女装はノリと勢いなのよ。恥ずかしがってたらどんなに可愛い娘さんでも魅力は半減よ」
「で、でも」
「お黙りなさい。ほうら、一年生のときはそれなりに女装楽しんでたじゃないの。どうせやるんなら楽しまなきゃ損じゃないのよ。損はいけないわ損は。ドケチの天敵。女装は得する勢いで」
「きりちゃん話がずれてる……」
「とにかくね」
おれは乱太郎の瞳をじっと見つめた。
眼鏡を外した所為で乱太郎はおれが幾重にも見えているようで、戸惑うように視線をあちこちに向かわせている。
おれは白粉を床に置き、紅を手に取った。すっかり白くなった顔に塗ってゆく。
「乱ちゃん、もう少し自信もった方がいいわ。だってあなたこんなに」
耳の傍に口を寄せ声を抑えて、可愛らしいのに、と続けると、乱太郎の頬がにわかに赤く染まった。わざわざ紅など差す必要はないんじゃないかというくらい紅く紅く鮮やかに。
自分でも自覚はあるのだろう。紅を差し終わり、眼鏡をかけた後、自らの頬を隠すように乱太郎はふいっと下を向いてぽつりと言った。
「は、初めて、女装したきり丸がさあ」
「なあに?」
「違和感無く、ちゃ、ちゃんとした女の子に見えた……」
下を向いたまましどろもどろ呟く乱太郎に。
おれは失礼だなあという言葉の代わりに、そろりと近寄り、囁いた。
「乱ちゃんだってちゃんと女の子に見えるわよ」
収まりかけていた頬の紅さが舞い戻ってきた娘さんは、隠すように桃色の袖を顔まで持ち上げた。
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この話、一番ノリノリだったのは何を隠そう私です(隠れてないけど)。
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