数年ぶりに旧友から送られてきた手紙は酷く簡潔だった。場所と日時の指定、それと短い一言。そういえばあいつは私用の手紙を長々と書くのが苦手だったと思い出す。何年経っても変わっていない、そのことに少しだけ安堵した。
さて、久しく会っていなかった友人と語らうに必要なのは美味い酒とつまみだ。ぼくは必要なだけの金と少量の薬を持って出た。しかしどうだ、どこでもかしこでも同窓会が流行っているらしい。行く店行く店売り切ればかりで、夕方になりようやくつまみが少量買えた。肝心の酒が手に入っていない。
この調子だと相変わらずだと笑われてしまいそうだが、彼もそこら辺は心得ているだろうから、酒の一升や二升ちゃんと用意してくれているだろう。
……昔のことを少しでも覚えているならの話だが。
会って何を話したのかあまり覚えていない。気がついたらかなりの量を飲んでいて、頭がいやに重かった。
対して留三郎ときたら幾ら飲んでも素面のままだ。実は飲んでいないのか? でも彼の酒瓶もぼくと同じぐらいには減ってるんだけれど。
ゆらゆらと灯が踊る。そればかりではなく、天井から足先まで、全てが揺らめいている。何か言われたような気がして、けれどぼくの頭は台詞をとらえきれない。何て言ったんだろう。重大なことか。
留三郎が口を開く。今度は聞き取れた。切れ切れだけれど。
まわらない頭、いや、ある意味まわってるんだけれど、そういう曖昧な意識の中で台詞を返した。言い終わった後に妙な沈黙が流れて、ひょっとして的外れなことを言ったんじゃないかと思った。
留三郎の言葉を思い出そうとしたのに上手くいかない。それ所か自分が何を口に出したのかも一瞬で忘れてしまった。これはちょっとやばい、でもどうでもいいような気もする。とりあえず手持ちの酒を飲み干した。留三郎はまだ黙って僕の手の先を見ていた。
それから記憶が抜け落ちている。
気がついたら外が明るくなっていて、ぼくは掛け布団を被っていた。
留三郎は未だに起きだしていなかった。昔の彼ならとっくに起きている時分だが、ぼくの隣で眉間に皺を寄せて眠っている。
昨日の酒が今日になってまわり始めたのかもしれない。そういえば留三郎は酔いが後から来る方だった。ぼくは逆に酔いはまわるのも早いが抜けるのも早い方だ。
簡単に身支度をして、ついでに部屋を少し片付けておく。調度品に乏しいのは借りたばかりの家だからだと言っていた。まあ彼のことだから、借りたばかりの家じゃなくても同じだろう。こういう所は本当に昔通りだ。
……昔。そうだ、昨夜そのことを話した気がする。いつからぼくはあの六年間を昔という区分に入れるようになったのか。それ程昔のことではないはずなのに。
「朝か」
呻くような声が床から聞こえてきた。機嫌が悪いというより、気分が悪そうな顔色の友がむくりと身を起こした。できるだけ日の光を取り入れないようにと、鋭い目を狐のように細めている。
「雑炊でも作ろうか」
「いや、いい。食う気がせん」
「じゃあ酔い覚ましの薬飲む? 幾つか持ってきたから」
「くれ」
言うと同時に懐から出したのをひょいと奪って、水も無しにそのまま飲み込んでしまった。結構苦い薬なんだけれど、と思ってたら案の定顔が歪んだ。
「……酷い味がする」
「でもすごく効きめがあるんだ。入用だったらいつでも注文受けるよ。もちろん友人割引で」
「商売人だな、薬屋め」
「その為にわざわざ会いにきたんだろ」
「分かってたのか」
「薬代も馬鹿にならないからね」
大方彼の仕える城が経費削減でもしているんだろう。ここ最近はあまり景気の良い話を聞かないから、大いに有りえる話である。そうでなければ突然手紙を寄越してくるわけはない。単に会って話したいだけだというのなら、ぼくらはもっと頻繁に顔を合わせているはずなのだ。
別に気まずいわけでも仲が悪くなったわけでもない。ただ彼と居ると懐かしすぎてたまらなくなる。ふとした拍子に見せる癖だとか、纏う雰囲気だとか、そういったもの。それが良いことなのか悪いことなのかは分からないけれど、卒業後あまり会わないようにしていた原因の一つであることは間違いない。
昔のことにとらわれるような生き方をしたくないと思う。思い出を語るのは良し、けれどもその先を求めるのは虚しすぎやしないか。
「後日注文書を届ける」
唐突に留三郎が言った。起きぬけの蛇のような目つきが少し和らいでいる。
「即効性なのか、これ。少し頭痛が治まった」
「効くだろ。試供品として幾らか持っていってくかい?」
「有難い」
「その代わり贔屓にしてくれよ」
「もう少し味の面を考慮してくれればな」
真面目な面で軽口を叩くのも相変わらずだ。冗談じみた反論をしようかと思いながら、結局口に出すには至らない。少し笑って、開けた窓越しから白々とした光を見た。
「さてと、そろそろ帰るよ。留三郎は今日仕事?」
「最近は暇だからなあ。強いていうならお前に会うのが仕事だった」
「そりゃ相当暇なんだなあ」
「忍者を只の使い走り扱いだからな」
渡した試供品を手で弄びながら、留三郎が苦笑した。それを見ながら、でもおかげでお前と久しぶりに会えた、という台詞は口に出した方が良いだろうかと考える。留三郎は照れるだろうか、それとも軽く受け流すだろうか。昔のままなら、きっと。
――ああまただ。また昔のことを考える。否が応にも、むしろ必然であるように、不毛なことばかりを。
「どうかしたか」
ゆっくりと、頭を振る。
思い出せばきっととらわれてしまうのだ。
「いいや、何でもない。ちょっと立ち上がったらくらっと」
「……お前人に勧める前に自分で飲んでおけよ」
「忠告いたみいるよ――じゃあ、また」
「ああ。じゃあな」
何でもないように片手をあげて別れる。まるで明日か明後日、近いうちに再び顔を合わせるみたいに。
少し軽くなった懐を撫ぜる。誰が注文書を届けに来るのか彼は言わなかった。約束を取り付ければ、届けに来るのが彼である必要はない。
また、なんて言ったけれど言葉通りになるだろうか。目が眩むほどに明るい道を行きながら、そのことばかりが気にかかっていた。
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