彼は絶対に助からない人間に、「大丈夫」という言葉をくれてやらない。
相手が「大丈夫」という気休めを望んでいても、決して口に出さない。
そのこだわりはいっそ残酷なほど。
伊作が口を開く。
意味を持たない言葉ばかりを並べ立てて、手拭いを犠牲にしてまで精一杯手当てをし。
そこまでしながら、しかし彼はあのこだわりを頑なに守っている。
強烈な血肉の臭い。
にじみ出ている死相。
おれの目から見ても、伊作の手当ては功をなさないことが分かる。それなのに、相手がすぐに死んでしまうことが分かっているというのに、伊作は懸命に手当てを続けていた。
どうしてそんな無駄な努力をしようとする?
立花あたりが居合わせたならこう問うのだろうか。いや、彼ならば既に訊いていそうだ。もちろんおれの勝手な予想でしかない。けれど、もし問われたならば……伊作は何と答えるのだろう。
「――っ」
静寂を打ち破って、くぐもった声が微かに流れた。伊作の手が止まり、倒れている男の顔を覗きこむ。しばしそうした後、無言で立ち上がった。
「留三郎、待たせてごめん」
「いや」
軽く首を振る。何度このやりとりを繰り返したのか。
そしてこれと似た光景を何度見たことか。おれ自身も、伊作自身も恐らく覚えてはいまい。
おれは男の顔に視線をやった。
手当てが意味を成さずに終わったのも無理はない。出血が酷すぎたのだ。むしろここまで持ったのが奇跡だった。
それもこれも伊作のおかげだ。
――いや。
伊作の所為、と言うべきか。
近く死ぬ体だった男。
通りかかった伊作に助けられなければ、もっと早くに死ねていたかもしれない。長く苦しまず済んだかもしれない。
少しばかり生きながらえることが、彼に何をもたらしたのか。
正直、分からない。
「お前は」
「ん?」
彼には分かるのだろうか。男が何を考えて逝ったのか。少しきょとんとした顔でこちらを見る彼は。あるかどうかも分からない答えを知っているのだろうか。
知りたい。
彼の口から、聞いてみたい。
むやみな詮索は身の為にはならない。だけれどおれは、積もり積もった疑問の答えを今この時知りたいと思った。彼が今まで何を見て何を聞いて何を思って……何を知るに至ったのか、全てを。
それなのに、おれの口からはそれ以上の言葉が出てこなかった。
口の中は乾いてゆくばかり。くそ、どうしていつも一番聞きたいことが聞けないのか。こうやって何度も何度も言葉を飲み込んで、疑問を積もらせていく。疑問ばかりではない。情けなさも、同時に積もってゆく。
立花だったら。先に出した男の名を思い起こした。彼だったらば、ぐだぐだとつまらないことを考えずさっさと口に出せるのだろう。その問いに伊作もまた、何でもないように答えるのだ。
適当に親しい仲というのは便利だと時々思う。
相手に近しければ近しいほど、言葉に出せないこともある。
だから長過ぎる沈黙の後、おれの口から出たのはあまり意味の無い言葉だった。
「……お前は、おれが死に掛けてても手当てしてくれるのか?」
「留三郎が? そりゃあもちろん」
気軽な返事だった。何故そのようなことを訊くのか等と余計なことは言わない。問われた答え以外には何も。あまりにも簡潔、だからこそ分かり易い台詞だった。
それにしても。この男は最期まで怪我人を見捨てないということを分かってはいたが、実際に口に出されると複雑な気分になる。想像通りの答え故に安心もするが、同時にじわりとにじむような不安も覚える。
事切れた男の顔を思い出す。
ひょっとしたら。
ひょっとしたらおれは、恐れているのではないのか? あの男のように、曖昧な希望を持たされてしまうことを。生死の境で苦しみながら、大丈夫という言葉を今か今かと待ち望み、半端な気持ちを持たされてしまうことを。
死が間近に迫っていることを知りながら、それでも傍にいてくれるであろう友の優しさに縋って、縋り続けて最期を迎えることを、誰よりも酷く……酷く恐れているのではないか?
……考えすぎだ。
今日はおかしい。おれはまだ死ぬつもりはないのだから、どうして死んだ男と自分を重ねる必要がある。
まったく馬鹿らしい。
そう思うのに自分の考えを笑い飛ばすことができないのは、事切れた男の表情が思い返されて仕方ないからだった。
中途半端な希望と不安。
彼は正にその二つが入り混じった顔のままで死んでいたのだ。
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しばらくブログにあげてたものを書き直したもの。
こんなの書いてますが食満と伊作は仲良し希望ですよ!
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