卒業の日のことをはっきり覚えているわけではない。
 学園長の話を聞いて、世話になった担任に礼を言い、涙と鼻水でぐずぐずな後輩の頭をなで、長年共にした仲間達と校舎をまわり、同室だった男に別れを告げた。
 思いつくのはある程度抽象的なことばかりだ。
 たとえば、
 何を言ったのか。何を言われたのか。
 薄っすらと、時の刻みに合わせるように、どろどろと溶けるように。記憶の隅で曖昧になっていく。
 仕方ないと思う。
 笑いあった日々が信じられないわけではなく、
 涙を拭った日々を忘れ去ったわけでもなく、
 ただ、こういうものなのだと。
 自分は知っている。





 先日、同室だった男に会う機会が訪れた。
 記憶の中の男の姿は大分曖昧になっていた。
 にもかかわらず、元気でやっているみたいだなと笑うその顔は、少年だった昔とあまり変わっていないような気がした。随分遅くまで酒を酌み交わし、様々な話に花を咲かせた。
 彼も昔のことを鮮明に覚えていないのだということをその時に知った。


 寂しいことだけどね、赤くなった顔で友人が呟く。既に一升近くを飲みきっていた。
 でもひょっとしたらそれでいいのかもしれない。思い出せばきっととらわれてしまうよ。
 熱っぽく話す声はふらふらと頼りないのに、妙に真剣な顔をしていた。僅かに沈黙し、静かに揺れる酒をぐいと飲み干す。
 やがて彼は、人の肩を枕にして眠ってしまった。癖のある髪が首をくすぐり、少しだけ過ぎた日々のことを思い出させる。頭の片隅でどろりと溶けていく昔、幾度も幾度も騒がしい日々を重ねた。
 刹那に生きながら、永遠に続くと勘違いしていた少年の時。
 昔のことを酒の肴にしている自分が、今はやけに遠い。


 肩に寄りかかっていた友人を抱きかかえる。立ちあがると、己も相当ふらついているのが分かった。千鳥足になりかけながら、かかえた男を何とか寝かせた。自分も傍に座り込む。
 思い出せば、きっととらわれてしまうよ。
 眠りこけた友人の言葉が甦る。
 頭が鈍く痺れた。


 卒業してから今までのことを、はっきり覚えているわけではない。
 それなりの城に就職し、厳格な主に忠義を誓い、危険な仕事もそれなりにこなした。
 あれから随分年を食ったと思う。もちろん、世間的にはまだまだ若造の域を出てはいないのだろうが。
 少年の頃駆け抜けた六年間。卒業してから今までの日々。山のように積み重なった年月は、過ぎてゆくたびになだらかな丘へと変貌してゆく。
 そうして思い出を溶かしながら生きていく。厳しさも優しさも、苦さも甘さも何もかも。
 今までも、これからも。ずっと。