けれどある日、隣の国のお殿様がその城に攻めてきました。穏やかで平和だった大きなお城は抵抗する術を知らず、あっけなく落ちてしまいます。お殿様は殺されてしまいましたが、幼いお姫様は運良く逃げ延びることができました。お姫様は小さな村を、家臣と転々としながら細々と暮らしました。 それから何年もの月日が経ちました。十五になったお姫様は、家臣を連れてかつてお城があった処までやってきます。 お城は無人でした。草木が生い茂り、ぼうぼうと荒れ放題。戦を仕掛けた国はどうしてこの城を此処まで放っておいたのか、とお姫様は家臣に尋ねます。すると家臣は答えました。 「この城は呪われているのですよ」と。 家臣の話によると、戦に勝った隣国のお殿様が城に足を踏み入れた途端、声が聞こえてきたらしいのです。それも一人じゃない、大勢が叫ぶ声です。 不思議なことにお殿様以外誰もその声を聞くことはできませんでした。それで益々気味が悪くなり、隣国のお殿様はそのまま城を放置してしまったそうなのです。 そこまで話を聞いてお姫様は首を傾げました。お前は、私と一緒に長い間お城を離れていたというのに、どうしてそんな話を知っているのでしょう。私は噂を聞いたこともなかったというのに。 姫が尋ねてみると、家臣はにっこりと笑いました。笑みは不気味なところなどまったくなく、むしろ明かるささえ感じます。 果たして、家臣は口を開きました。 「それはねお姫様、あの時の戦で私は命を落としているからですよ」 家臣の姿はいつの間にか消えていました。 同時に姫様の耳にどこからともなく大勢の叫び声が聞こえてきたのです。それは悲痛の色を秘めていて、けれどもどこか懐かしい声でした……。 それからというもの、家臣は姫の前に二度と姿を現すことはなかったということです。
話し終えた途端に、ぎゅうと寝間着の裾を掴まれた。小さな体は震えており、顔を伏せて目を合わせようともしない。 寝る前に怪談話を頼まれたからって、怖がらせすぎただろうか。幾ら歳の割りに逞しいとはいえ、まだ八つになろうかという幼子だ。少し張り切りすぎたのかもしれない。 おれは震え続ける若旦那を引き寄せて、布団を掛けてあげた。灯はとっくに消してある室内、僅かに窓から入ってくる月明かりが姿を照らす。 「若旦那、寝ますか?」 「…………」 再度声を掛けてみたが反応がない。 背中をぽんぽんと叩いて落ち着かせようとしたけれどあまり効果がないみたいだ。このまま若旦那の恐怖心が薄まるまで背中を叩いても良いのだが、あいにくと今日は夜更かしをしすぎた。 明日も早いし、そろそろ眠らないと起きるのが辛くなるだろう。起こしていた身を布団に埋めて、若旦那にも横になるように促した。けれど頑なに動こうとしない。 「あの」 もしかしたら怒っているのかもしれない。 そう思って、おれはまた身を起こした。いつの間にか若旦那の震えは止まっていて、息遣いも常に戻っていた。それでも返事はくれない。おれは諦めずに声を掛けた。 「若旦那、その、すいません。……怖がらせちゃって」 「違うよ、清八」 気のせいかと思った。それほどまでに小さな声だったのだ。ぎゅうと裾を握る力が増して、薄い布に皺ができる。雲に遮られたのだろうか、僅かばかりに入ってきていた月明かりが消え、部屋は闇色だ。ふぅと息を吐く音がただ、聞こえた。 「怖いわけないだろ。清八が思っているほど幼くないよ、ぼくは」 「じゃあ、どうして黙って……」 「怖くなったんだ」 「え? えっと」 怖くないのに怖いとはどういうことなのだろうか? おれが首を捻っていると、えっと、と若旦那は続けた。 「ぼくは……清八が、その家臣みたいに消えてしまったらどうしようって」 「若旦那」 「そんなことあるわけないって分かってる。だけど」 裾を握っていた手は放され、背中に腕を回された。小さな腕で精一杯しがみついてくる。 よく幼子が親にするそれは、若旦那にしては珍しい行動である。若旦那はおれの腹の辺りに顔を押し付けながら、ぽそりと呟いた。 「ちょっと、怖くなったんだ」 「若、旦那」 月明かりが入ってくる。おれの寝間着に顔を埋めているため表情は分からない。しかし、仕草から、声から、言葉から、不安になっているというのは自ずと予測がついた。 おれは腕を回して、小さな体が壊れてしまわないようにできるだけ優しく若旦那を抱きしめた。 「若旦那は優しいですね。おれなんかを気にかけてくれて」 「そうかな。でもぼくは、清八だから気にかけるんだよ」 言い終わったと同時に、ぱっと若旦那が顔を上げた。表情は不安そうではなく、少しだけ嬉しげな色を見せている。 歳相応のその顔に、不思議と親のような気持ちが沸いてきた。若旦那が口を開ける。 「清八だから、怖くなったんだ」 「若旦那……」 尊敬の気持ちと共に愛おしさがこみ上げる。素直な心、素直な言葉に胸が熱くなった。下のものをこんなに気にかけてくれる、子どもながら、なんて深いお方なのだろうか。彼は。 ありがとうございますとおれが頭を下げると、若旦那は照れた風に笑い、その後急に真面目な顔になって、 「あのさ、清八。急に消えたりするなよ」 「もちろんですよ、若旦那」 こっくりと頷くと、若旦那は安心したように表情を緩ませた。 その後すぐに布団に潜ると、若旦那はすぐに眠りにつき穏やかな寝息を立て始める。 おれも背中をぽんぽんと叩きながらゆっくりと目を閉じた。
|