窓の外から聞こえた鈍い音に耳を澄ます。
 そういえば、今日は祭りがあるのだと誰かが言っていた。
 これで涼しげな風鈴と団扇、きんと冷えたラムネ水でもあれば、何の変哲もない寮の一室でも風流を楽しめるかもしれないが、生憎どれも揃ってはいなかった。積み重なった課題と、先程からしきりに頭を捻っている男がいれば尚更、人工的な風流を作り出すことも難しい。
 二、三度続けば、珍しく課題に集中していたタカ丸にも音は届く。少し嬉しそうに立ち上がり、風取りにと開けていた窓を目一杯押しやった。

「花火だよ」

 見れば分かる事をわざわざ口にするその意図はどこにあるのかと探るものの、本人はひたすら緩やかな顔をしている。
 仕方がないので曖昧かつ短く頷くと、タカ丸は好奇心旺盛な猫のような表情で窓枠の向こうを見つめ続けた。放り出されたシャープペンシルが、吹き込んだ風に煽られ小さく転がった。

「何だか気が削がれちゃうような綺麗さだよね」
「……それは本心ですか、言い訳ですか」
「ちょっと遠くて大きく見えないのが残念かなあ」
「人の話聞いて下さい」

 いつもの事だけれど。
 半分も埋まっていないプリントには目もくれず、華やかな点滅を繰り返す空を眺める男の背中を思い切りどついてやれればどんなにすっきりするだろうか。過ぎった思いは一先ず置いといて、滝は窓枠に寄りかかって、タカ丸と同じように空を見上げた。
 しかしそこで止まってしまった。星明りすら目立たない夜を眺めたまま、タカ丸は明らかに不満げな顔をしてみせる。

「もう終わり。短かったなー」
「あんまり大きな大会じゃなかったんでしょう。ほら、宿題続けますよ。まだ半分も終わってないじゃないですか」
「うーん」

 渋々机に向かったタカ丸だったが、ペンを走らせる手は一向に鈍い。教科書のページも変わらないので、さては読めない字があったのかと傍に寄れば、いきなり顔を上げたタカ丸とまともに目が合って、しかも何かよからぬことを思いついた子どものような笑い方をしていたので、嫌な予感にたじろいでしまう。

「ねえ、滝夜叉丸」

 短く略さず名前をフルで。冷たい汗が背筋を通過するのを感じながらも、滝はできるだけ毅然とした態度を心がける。

「コンビニって花火売ってたよね」
「売ってません」
「でも、今の時期だったら売ってるよね」
「売ってません」
「夏だもん」
「売ってません」
「よし、コンビニに行こう」
「だからさっきから売ってないと! 何で問答無用でコンビニにゴーなんですか!」
「嘘は良くないよ」
「知ってるならなんでわざわざ訊くんですかあなたは。大体門限が」
「門限まで後十分あるよ。買ってきて寮の庭で花火しよう。喜八郎と三木ヱ門も誘ってさ」
「あ……あなたって人は……」

 ほんまにどついたろかと拳を作りかけたが、その瞬間、鈍く大きな音が聞こえて、二人同時に窓の外へと視線を投げる。
 暗い夜空に一際鮮やかな光が散って、殊更名残惜しげな儚さで掻き消えた。不意打ちだ、掠れた声でタカ丸が呟いた。
 しばらく待ったが、これが本当に最後らしかった。軽やかな音楽が鳴り、タカ丸が携帯を手にする。

「兵助君からだ」

 眼前に突き出された携帯には、少々荒削りな花火が画面いっぱいに映っていた。
 待ち受けにしよっと。一転ご機嫌なタカ丸は、もうコンビニに行く気は失せてしまったらしい。
 壁にかけられた時計を見ると、門限を経過するところだった。