二月十四日といえばバレンタインだが、毎年この日に、狙い済ましたかのようなタイミングで風邪を引く男がいる。そんな男を同室に持った俺が、早めに部屋に帰ってくるのも毎年のことだ。
 ドアを開けて足を止める。一体何をしているのか、寝込んでいるはずの同室者が四つん這いになって、もぞもぞとベッドの下を覗いていた。

「あれ、おかえり。随分早かったね」
「午前授業だったからな」
「バイトは?」
「今日は休みだ」

 この時期、大方進学や就職先を決めた三年は自主学習期間に入り、学校に顔を出す日がぐんと減る。今日はたまたま二週間に一回の出校日だったが、それでも午前で終わりだ。バイトは最初から入れてなかった。
 伊作は調子の悪い洟をぐすっとすすって、その場に座り込んだ。その口が余計なことを言う前に、こちらが先手を打つ。

「ベッドの下に何かあるのか」
「風邪薬が見つからなくてさ」

 肝心なときに見つからないんだからと呟く姿もお約束だ。

「それならちゃんと買ってきたから心配しなくていい。病人は大人しく寝とけ」
「留、」

 伊作が申し訳なさそうな顔で何かを言いかけ飲み込む。俺は視線を外し、鞄から薬局の包みを出した。そこから薬を取り出して、手のひらに三錠。同じく買ってきたミネラルウォーターをコップに注いで伊作に渡した。

「飯は食ったんだよな」
「うん。おばちゃんが持ってきてくれた」
「そうか」

 錠剤を飲みこみ、布団の中にもぐりこんだのを見届けてから、鞄の中を探る。
 それから淡いピンク色の包みを取り出した。伊作が何度か瞬きをする。

「お前にだ」
「留三郎もしかしてそれって……一体誰から」
「そりゃあこんな日にこんなものくれるのは女子だと決まっているだろうが」
「え」
「――生憎これは立花から貰ったもんだ」
「ちょっとでも期待した僕が馬鹿だった」

 畜生仙蔵めからかってるなと憤りであふれた言葉を投げ捨てる伊作に苦笑する。苦笑しているうちは良かったが、「留も留だよ」と軽く睨まれた。

「どうして預かってくるんだよ、こんなもの」
「あの立花だぞ。断ることができる奴がいるなら見てみたいね」
「そりゃそうかもしれないけど……あ、なんか熱が上がったような気がする」
「それは大変だ。黙って寝てろ寝てろ。それともどういう経緯で立花がこれをくれたのか聞くかい」
「今それを聞いたら三日は立ち直れないと思う」

 冗談なのか本気なのかどちらとも取れない口調だ。まあどちらにしろ経緯なぞ話すつもりはない。あの男が悪趣味なのは親しい者なら誰でも知っていることである。あえて言わなくても伊作なら大体見等はつくだろうし。

「ところで留三郎は貰った?」
「俺が女子苦手だってのは知ってるだろ」
「留三郎が女子苦手なんじゃなくて、女子が留三郎のこと苦手だってことは知ってる」
「……お前かなり期待してたろ」
「してて悪いか」

 赤い顔で開き直ったように言う。この分だと本当に女から贈られたものだったら、伊作の風邪は薬に頼ることもなく治っていたんじゃないか……なんてあながち冗談でもない。
 それ程までにこのピンク色の包みは爆弾になる要素を持ち合わせていた。

「で、どうするんだこれ」
「癪だけど食わなきゃもったいないから後で食べる。お前も付き合えよ」
「はいはい」

 野郎からお情けで貰ったチョコを男二人で自棄食いというのはいささか……いやかなりアレな図だが、折角貰ったのだから食べなければ損には違いない。
 それまで冷やしておくことにするか。隅に備え付けられている冷蔵庫を開けると、おもむろに呼びかけられた。

「嫌がるだろうけどやっぱり言っとくことにする――ありがとう」

 言うだけ言ってさっさと布団を被る。礼の言葉を嫌って避けてたのを知ってて言い逃げかこの野郎。
 しかし病人の布団を剥ぎ取るわけにもいかず、かといって決まりきった返答もできない俺にできるのは、黙って包みを冷蔵庫に入れることだけだ。










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いやもう物凄く今更ですがバレンタインネタです。
伊作は女子に人気あるのにそーいうイベントは何やかんやあって参加できない不運。
食満は照れ屋だったらいいなと思います。