煙が風に流されていく様を見るのが好きだ。
ベッドの上で窓枠にもたれ、煙草に火をつけた。何もすることが無いときは大抵こうやって暇を潰している。特に夜がいい。空気と相容れない灰色が暗色に溶けていくのを眺めるのは、格別とは言わないまでも面白い。
「あーまた吸ってる。体に悪いって言ってるだろー」
そうして楽しんでいると、必ず邪魔が入る。案の定背中に騒々しい声がぶつかり、ベッドのスプリングが揺れた。
眉を寄せ嫌な表情をして、振り返らずに息を吐く。
「いちいち煩い奴だな。別に子を生むわけでもなし」
「仙蔵の健康を心配してんだって。あと臭う」
「馬鹿みたいに鼻がいいからな、お前は」
「何だと」
しがみつく、と言うよりのしかかってくるような形で覆いかぶさってくる。曖昧さに慣れた目に原色のシャツは痛い。鬱陶しいと剥がしにかからないのは、抵抗すればする程逃すまいとする男の性質をよく知っているからだ。
……煩く口にするだけで吸う手を止めようとしない事も、また。
背の重たさを甘んじて受けながら、薄細い灰色の線を眺めつづけた。
窓の外には無機質なものが立ち並んでいる。
人の描かれない、寂れた街の風景画は、白と黒と、青が少しだけ混じっている。左右に分けられたベージュのカーテンが夜風にひるがえり、掠れた音を立てた。いつか線は途切れ、円形の小さな皿の中に吸殻が積もっていく。
ぎし、と不器用な音が跳ねる。同時に顎を掴まれ振り向かされた先には。
「……あのさあ、仙蔵って口寂しいから煙草吸ってんの」
「何だそれは」
「煙草は口が寂しいから吸うんだって、どっかで聞いた」
「ふうん、面白い話だな」
「待てよ。吸っていく内に口寂しくなるんだったか」
「どちらでもいいが。意味も訳も特に考えたことないしな」
そんな必要もないだろうと思う。つらつらと考えたところで暇を潰すことに立派な理由など見出せるだろうか。多少面白みに欠ける、新たな暇潰しが生まれるだけだ。煙を眺めている方がよっぽど気楽でいい。
「ところで小平太」
「おう」
「もし仮に、私が口寂しいから煙草を吸っているのだとして」
「うんうん」
「どうせくれるんなら、飴玉の方が良かったね」
「……飴玉かあ」
じゃあ今度買ってくるよと言いながら、再び先ほどの行為を繰り返す。
冷たい写真のような風景が視界から消え、雑に押し付けられた唇から伝わる生温さを何度か確かめ合った。白い月が灰雲に絡まる。窓枠の灰皿が転がり落ちてシーツを染めた。ステンレスの安っぽい輝きは目を閉じた小平太の視界には入ってこない。
火はしっかり揉み消した筈だが、できれば早々に片付けてしまいたい。しかしこの男のことだから放すつもりもないだろうし、今呟いたことも明日には忘れているだろう。無駄な抵抗は馬鹿らしい。自分で買いに行く気だってない。
仕方がないから、しばらくは我慢してやるか。
窓を閉める音がした。カーテンが沈黙し、灰色の街は閉ざされた。
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