年が明けた。 一月一日早朝。冬休み中も何だかんだで学園に残っていた仙蔵が部屋の中で着替えていると、同じく居残り組の小平太が顔を出してきて何か浮かれた顔で一言叫んだ。 「仙蔵、居残ってる奴ら誘って初詣行くんだけど一緒に行かないか」 行かない。そう返事をしたつもりだったのだがはてさて、小平太はそんなことお構いなしで仙蔵の手首を引っつかんだ。彼は年が明けても人の話を聞く気がないらしい。 初詣なんて面倒くさいと思ったのだが、抵抗するのもまた十分に面倒くさいことであって。結局、うやむやのままに仙蔵は数人の仲間と一緒に初詣に行くことになってしまったのである。
しばらくしてから小平太が顔を上げた。柱に背を預けてお参りする三人を待っていた仙蔵は、小平太の視線に気づき彼に目をやる。 「仙蔵はお参りしないのか?」「あいにく神仏の類は信じてないんでね」 「つまらん奴だなあ」 「無理やり寺なんぞに連れてきたのはお前だろうに……む?」 微かに風に乗って聞こえてくる小さな声に、仙蔵は同級生の一人に視線をやった。 先ほどから一寸たりとも顔を上げずにぶつぶつと呪文のようなものを呟いているのは伊作である。彼はほとんど手をすり合わせるようにして、息継ぎもなしに願い事らしきものを言っているようだった。はっきりとではないが、時々成績がどうだの幸運がどうだのという言葉が耳に入ってくる。 「おいおい伊作、願いも大概にしておけ!」 「お前何か呪いをかけてるみたいだぞ」 伊作のあまりの迫力に、さしもの仙蔵と小平太も止めずにはいられなかった。他にお参りしている人がいないから良かったものの、もしもいたならば速やかに他人の振りをしているところだ。 適当に寂れているお寺で良かった……と思いながら、仙蔵は小平太と共に伊作の腕を掴んでずるずると賽銭箱の前から引き離した。 賽銭箱の前から離されて、やっと正気に戻った伊作は何故か照れ笑いをしながら、 「ごめんごめん二人とも。この機会に願い事たくさんしとこうかなと思ってさ」「限度を考えろ限度を。そして願いを口に出して言うな。あれでは思い切り怪しい人だ」 「あんまり欲張ると願い事叶えてくれなくなるぞ。おーい、長次もちょっと願い事が長いんじゃないか」 小平太の言葉に仙蔵と伊作は賽銭箱の前に視線を移す。伊作のあまりの不審さに気づかなかったが、小平太の言うとおり長次はまだ賽銭箱の前で手を合わせていた。 伊作のように口に出すわけではなかったので彼が何を願っているのかは分からないが、前を見つめて非常に真摯な顔つきである。 「長次、どうした。何を願っているんだ」仙蔵が声を掛けると、長次はこちらを見つめて一言何かを呟いた。しかし近くに居ても聞こえ難いのに、離れたところから彼の声が聞こえるはずが無い。三人が近づくと長次はもう一回口を開いて何某かを呟いた。 「……今年こそ卒業できますように……」 深すぎる一言だった。
静かなのは嫌いではないが、学園はやはりこうでなくては。 廊下を歩きながら休み中の出来事を面白可笑しく話している下級生の脇をすり抜け、仙蔵はしみじみとそう思う。 と、後ろから非常に暢気な足音が聞こえてきた。恐らく下級生だろう。痛んでいて足音が響きやすい廊下ではあるが、それにしても大きく締りの無い音である。やがて、足音にも負けない大きな声が仙蔵の背中に浴びせかけられた。 「たちばなせんぱぁーい!」「明けましておめでとうございまーす!」 「ふ、福富しんべヱ、山村喜三太」 元気で明るい声に仙蔵は少々顔を引きつらせ後ろを振り向いた。仙蔵のすぐ後ろでにこにこと和やかな笑顔を浮かべていたのは、見紛うことなく一年は組のしんべヱと喜三太であった。 内心参ったという言葉が過ぎったのだが、表面上はできるだけにこやかに接する。引きつった顔をすぐに元通りにし、「どうした?」と平静を装って二人に尋ねた。 仙蔵の問いにしんべヱと喜三太はにこにこしながら顔を見合わせて、 「立花先輩、もう初詣行きましたあ?」「もしも行ってないなら、後でぼくたちと一緒にどうですか?」 冗談ではない。目の前で楽しそうな笑顔を浮かべる一年生二人組みが仙蔵はどうも苦手だった。忍者は苦手をもってはいけないが、こればっかりは理屈ではないのである。 しかし今回は助かった。何しろ初詣にはとっくに行っていたのだから。 連れ出してくれた小平太に感謝をしつつ、仙蔵はいかにも残念だという声音を作り、二人の申し出を断ることにした。 「初詣にはとっくに行ってきたからな。すまんが今回は二人で行ってきてくれ」「それなら仕方ないですね……」 笑顔を一転。しょんぼりとした顔になる二人に良心が痛むものの、別に悪いことをしているんじゃないんだからと思い直して、「それでは」と立ち去ろうとしたのだが、不意に立ち止まってうんざりと声を上げた。 「まったく次から次へと……おい小平太」「何だ気づいてたのか。折角驚かそうと思って気配を消してたのに」 「気づかんわけがあるか。ほら、さっさと離れろ」 いつの間に忍び寄っていたのか、仙蔵の肩越しに顔を覗かせてきたのは小平太である。彼は仙蔵の隣に並んで、まだしょんぼりとした様子の一年生に声を掛けた。 「ところでどうした一年ボーズ。そんなしょげた顔して」先輩のいきなりの出現に驚いたのか、しんべヱと喜三太は一瞬「うわあっ」と悲鳴を上げた。が、そこはさすがの一年は組。すぐに順応して、再びしょんぼりとした顔に戻った。 「あの、七松先輩。ぼくたち立花先輩を初詣に誘ってたんです」「でも立花せんぱい、もう初詣に行ったからって。それで残念だなあって思ったんです」 「ふうん、そうかあ。それは悪いことしたなあ」 小平太の言葉にしんべヱと喜三太は小さく首を傾げた。きっと何が「悪いこと」なのか分からなかったのだろう。もちろん二人は小平太が仙蔵を連れ出したことなんて知るわけ無い。仙蔵は相変わらず言葉が足りない奴だと嘆息した。 それにしてもこのままだと話が悪い方向へ行きそうな気がする。さっさと此処から離れたいと思ったのだが、それより先に小平太に勢いよく肩を叩かれて、 「そういえば仙蔵、あの時一人だけお参りしてなかったよな。この機会に行ってきたらどうだ?」「立花先輩、お参りして無いんですか? それはいけませんよ!」 「そうそう。先輩、遠慮しないでぼくたちと一緒に行きましょう」 「ちょっと待て二人とも! おい小平太、お前余計なことを……」 「だってこんなにしょげてるんだ。かわいそうだろー」 仙蔵の責苛む声にもこたえた様子なく、小平太はあっさりと言い放ちしんべヱと喜三太を指差した。最も、しょげていたはずの二人はもうすっかり笑顔に戻っていて、小平太が言う「かわいそう」という言葉にはまるで当てはまらなかったのであるが。 嬉しそうに弾む声を上げる二人組に両腕を掴まれたのでは仙蔵も断りきれない。諦めてもう一度お寺に行くほか無さそうだった。
まあ叫ぶときりがないので此処で止めることにして。皆様、2007年も藍色の社をお願いしますm(- -)m |