突然全てがわずらわしくなる。
他人と話すのも歩くのも食べるのも果ては起きていることさえわずらわしい。世界を彩っている全てが消える。灰色の視界。
私は授業が終わった後、委員会をサボって部屋に大の字になって寝転んでいた。立花先輩への言い訳は明日考えるとして、今はこのどうしようもない気持ちを静めるしかない。
どうして自分だけがこのようなことになるのか分からなかった。少し前、三木ヱ門に「視界が灰色になることってある?」と尋ねたら非常に怪訝な顔をされたので、他の人はこういった目にあうことはないらしい。
もっとも、三木ヱ門にしか訊いていないので、確かなことはいえないけれど。
目に映る灰色が鬱陶しくて私は目を閉じた。
このままうとうととまどろみの中に逃げてしまいたい。
けれどもこういうときに限って眠くはならないのだ。
仮に肉体が睡眠を求めても、精神的には起きている感じ。
私は変なのだろうか。
今日一日の行動を思い返す。それこそ箱の隅をつつくように逐一思い出すが、別段いつもと変ったところはなかった、ような気がする。朝起きたときはまだ灰色じゃなかった。朝ごはんを食べたときも、一時間目の授業を受けたときも。
いつから、なのだろう。
いつから私は、こんな風になってしまったのだろう。
灰色、全てが灰色。色がない音がない匂いがない味がない。実感が沸かない。私は果たして生きているのだろうか、死んでいるのだろうか。或いはどちらでもないのだろうか。
寝返りを打つ。もう一度。ごろごろと転がってまるで芋虫みたいだ。そう思いながら、再び私は体の向きを変えた。障子の方。誰かの足が見えた。
「芋虫みたいだぞ、喜八郎」
声が聞こえた。低いけれど、よく響く声。すっかり聞き慣れた、同室者の。
「立花先輩が呼んでいた。お前、委員会サボったのか」
私を見下ろして、滝夜叉丸は呆れたような声を出した。前髪をさらりと掻き分ける。それから委員会をサボるだなんて感心せんぞと一人でぺらぺら喋りだした。
しかしなんて無駄な動きが多い奴なんだろう。よく動く口、得意げに髪を触る仕草。時々身振り手振りを交えて。どうして彼はこうなんだろう。どうして、どうしてこんなにも――彼の周りは彩られているのだろう。
滝夜叉丸が現れた途端、灰色だった視界に色が戻ってきた。声が聞こえる。頬を押し当てた床から嗅ぎ慣れた匂いがする。口の中はざらついていて、少しばかり苦い味。むくりと上半身を起こす。あんなに感じていた倦怠感が嘘のように消え去っていた。
障子の前で喋り続けている滝夜叉丸を見上げる。煩い。だけれど、私の知っている誰よりも彼は生命力満ち溢れて、輝いていた。
「滝、視界が灰色になることってある?」
「はあ? 質問の意味が分からんぞ。だがまあ、灰のように地味な色、私は好かんな。……で、喜八郎、委員会に行く気はあるのかないのか」
「そうだね。行くよ」
そう。そうだろうね。君はもっと派手な色の方が似合う。
存在自体が鮮やかに彩られていて、灰なんてきっと縁のない色。
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鮮やかに在ろうとしているのではなく、在ることこそが鮮やかに。
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