今まで掘ってきた穴という穴を全部塞ぎたくなった。別に理由があるわけではない。理由を挙げる必要性もない。

 曇り空の下、綾部は訓練場で自分が開けた空洞をひたすら埋めていった。
 
 底の浅い穴は時間がかからなかったが、五つ目に取り掛かったのは途方もなく深くて、自分が掘ったものながら、よくもまあこんなにと感心してしまう。
 
 ぽっかりとあいた穴はありとあらゆるものを飲み込んでしまいそうだ。土も自分も校舎も全てを支配している空さえも。泣き出しそうな曇り空を飲み込んでその先にあるものは一体なんだろう。闇。真っ先に思い当たるのは闇だ。
 
 けれどこの空洞は闇すらも飲み込んでしまいそうで。闇を飲み込んだら次は何を飲み込むのだろうか。闇、闇の先。闇の先にあるものは一体何だろう。
 
 つらつらと考えながら深い穴に土を詰めていくと、やがて底が見えてきた。当たり前だ。底のない穴なんて存在するわけが無い。たとえ存在したって全てを飲み込んでしまう存在など、一人の人間如きが創りだせるわけが無いのだから。

 綾部は手を休めて、無言で穴の中を見つめた。先ほどの深さが嘘のように浅くなって、地面に迫らんとする勢いだ。あと少し土を詰めれば地面と等しい高さになるだろう。そこに穴があったことなぞ、自分以外の誰にも分からない、寸分狂わぬ高さに。

 もともと自分が掘ったものだこれは。他と同じ平坦だったものに無理やり苦無を突き立てて、全てを飲み込んでしまいそうな錯覚を起こすほど深く深く深く掘っていったものなのだ。自分も校舎も空も闇もその先も飲み込んだりはしない、只、土に埋まっていく。無力な空洞は。

 再び穴を埋め続けた。手を休めず、表情もなく埋めていく。
 
 穴はもはや地面に等しいところまできている。
 
 あっけない。けれどこんなものだ。土を詰めても詰めても埋まらない、それどころか飲み込んで飲み込んで、挙句物足りないと言わんばかりに他の関係の無いものまで飲み込んでいってしまうなんてどこの空想話だ。

 ぎゅうぎゅうに土を詰めて、綾部は一息ついた。疲れた。
 
 あっけないとは思ったが、これまで埋めたものとは比較にならないほど圧倒的に時間がかかったのは事実だ。

 もうこんな馬鹿らしいことはやめにしよう。そもそも穴を塞ぎたくなったからって本当に塞ぎに行くことはなかった。

 どうせ今日だけの気まぐれな思い、明日になったら自分は懲りもせずに今日埋めた穴と同じだけ――否、それよりももっと、地面を掘るのだろう。

 爪や体にこびりついた土を払って長屋に帰ろうとした矢先、頬に一粒冷たいものあたった。ぽつり、ぽつりとまばらに落ちてくる。雨なのだと理解した瞬間には既にもう結構などしゃ降りになっていた。止めて正解だった。こんな中で穴を埋める作業なぞできるわけがない。

 綾部はかつてぽっかりと開いていた場所を見た。土によって塞がれてもそこは他と違わず、落ちてくる雨粒を静かに飲み込んでいた。

 
 


 



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趣旨がないようで本当にない変な話。
綾部は他人のことははっきりさせたい性質だけど、自分自身のことは曖昧だったらいいなあ。