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顔色は赤く、吐く息は熱っぽい。 仙蔵は、隣でぐったりと、力なく眠っている文次郎の方へ顔を向けた。 眠っていると一層隈がくっきりと浮かぶため、三割増し気分が悪そうに見える。 最もそれは仙蔵も同じだろうが。 自らの不健康そうな手首を見て、うんざり息をつく。 街で流行っていた風邪が、学園に猛威を振るいはじめたのは二日前のことだ。 閉鎖的な環境はこんなときに仇となる。下級生が倒れはじめたのが最初で、夜が明けると風邪は上級生や教師達にも広まった。 外出禁止令が出ているので、これ以上外から菌が持ち込まれる心配はないだろうが、学園内で既に広まっているのだからあまり意味はない。 そんな状況でも不思議なのは、不運と名高い保健委員の多くが風邪をもらっていないことだ。 一見奇跡だが、しかし学園全体が悩まされている現在の状況を考えると、とても幸運だとはいいがたい。 何せ、倒れた者たちの看病は全て、無事な保健委員たちに任せられてしまっている。 伊作など二日前から授業を休んであちらこちら駆け回っていた。あのままでは過労死もありうるかもしれないという働きぶりだ。 相変わらずの不運が涙を誘う。 仙蔵は熱のこもる息を一つ吐いた。顔は文次郎の方に向けたままだ。 「風邪など軟弱な奴がひくのだ!」と熱弁していた文次郎も、昨日の夕方遂に倒れた。 欠員だらけの委員会を早めに切り上げ、部屋に帰ってくると、既に熱が上がりきった文次郎が大の字を崩したような格好で倒れていた。 その光景を見たときは、心底呆れ果てたものだ。 しかし結局、朝方になって仙蔵も風邪をうつされてしまった。 霧がかかったように朦朧とする頭を起こして、何とか身支度を整えたものの、同組の保健委員から授業は休みだと聞いて気力が尽きた。 そうか、と短く答えた後の記憶は曖昧で、気がついたら布団の中にいた。 隣の布団からは、やや不規則な寝息が聞こえる。 戸の向こうは、時折誰かが忙しく駆けていく以外は静かなものだ。 気分は最悪で、熱いしだるいし頭痛はするし。けれどもまったく眠気がない。 もとよりあまり睡眠をとらない性質で、三、四時間も眠れば満足してしまう。それ以上寝ると逆にだるくなって敵わない。 文次郎も睡眠をとらないほうだが、それは体質の問題ではなく、単純に時間がない所為だろう。委員会がないときも自主練等で睡眠時間を潰しているので自業自得ともいえるが。 否応なしに睡眠の機会を与えられた男は、面白いぐらいによく眠っている。寝顔を見ていると意味もなく蹴飛ばしたくなるが、今はその気力がない。 熱にうかされながら、ぼんやりと考えこむ。 授業休止の件を伝えに来た保健委員は、すぐに次の部屋に向かっていってしまった。後でおかゆと薬を持ってくると言っていたので、もうしばらくしたら戻ってくるはずだ。 それにしても今、どれ程の生徒が寝込んでいるのだろう。 授業が中止になるということは、教師の数が足りないか、生徒の数が足りないか。そのどちらもか。 他の組はどうなっているのだろう。 仙蔵や文次郎が風邪をもらったとなれば、小平太あたりは長次を連れて見舞いに乗り込んできそうだが。姿を見せないところを見ると、多くの生徒と同じように床に臥しているのかもしれない……。 と考えたところで、忙しそうな足音が聞こえた。 一寸顔を向ける。からりと戸を開け入ってきたのは伊作だった。 「起こした?」 「起きてた。それよりうちの組の奴はどうした」 「彼は倒れちゃってね。保健委員ももう大分数が少なくなってしまったよ。あ、食べられる?」 「食べさせてくれるのか」 「……思ったより元気そうだね仙蔵」 はあ、と息をつく伊作は二日間で大分やつれた顔つきだ。 目の下にわりと濃い隈ができている。この分では彼こそ倒れてしまいそうだ。 素直に身を起こして、ぬるい椀を受け取る。あまり量はないが今は有難い。流し込むように片付けてから薬を飲む。 「飲み終わった」 「……、ああ、うん」 その間下を向いてじっとしていた伊作は、どうやら少し眠っていたらしい。 声をかけるとぱっと顔を上げて、文次郎の分は頼むよ、と言い捨てながらまたどこかへと行ってしまった。 頼むよと言われたが、隣の友人を起こして食べさせるのは果てしなく面倒くさい。 仙蔵はもそもそと布団にもぐりこんだ。少し起き上がっただけなのにだるくて視界がふらふらと揺れている。 それがあまりにも不快で、仙蔵は目を閉じた。 眠れはしないだろうが、こうしている方が幾分か楽かもしれない。 文次郎のことが一瞬だけ頭をよぎる。眠っている顔。思えば今日は寝顔しか見ていない。起こそうかどうしようか少し迷う。 だが結局面倒の方が勝った。おかゆは冷えるだろうが、彼にはもう少し夢の中にいてもらおう。 薬が少しでも効いてきて、退屈が熱に勝るようになった頃にでも起こそうか。 勝手な考えだが、それをなじるべき者は眠ったままで、いぜんとして起きる気配はないのだ。 |