図書室の当番もなかなか悪くはない。特にこんなうららかな日は。一人だけの室内、机に頬杖をつきながら時折はらりと頁をめくる。校庭から聞こえる賑やかな声は遠くの波の音のようだ。
 ともすれば眠ってしまいそうな日和、つらつらと字をたどることで何とか眠気を吹き飛ばしていた。
 だがしかし、ご機嫌なお天道様はなおも暖かな日差しを降りそそいでくる。
 気がつけば久作はゆっくりと舟をこいでいた。
 人も来ないし、ちょっとぐらいなら。
 読みかけの本を閉じる。浅い眠りに身を投げ出そうとしたその時。
 目の前に自分の顔が現れた。

「うわあああっ」

 思わず悲鳴を上げると、何故か目の前の自分が満足そうに頷いた。

「うんうん、いい反応だ」
「……って、もしかして鉢屋先輩ですか」

 にっこり笑ったその顔は既に雷蔵のものだ。見慣れた先輩の顔でほっとする。少なくとも自分の顔が目の前にあるよりは心の臓に負担がこなくていい。

「返却ですか?」
「いいや。雷蔵の奴を探しているんだけど見てないか?」
「今日は見てませんけど」
「そうか、分かった。邪魔して悪かったね」
「いえ……」

 最後の言葉に赤くなる。本格的に眠っていなくて良かった。
 戸が閉まった後、再び読みかけの本を開いた。どこまで読んだのかぱらぱらと項をめくっていると、まん前に影がさした。見上げるとそこにいたのは先ほどの男と同じ顔をした生徒である。

「久作、ここに三郎来なかったかい?」
「鉢屋先輩ならついさっき出て行かれましたよ」
「すれ違ったのか……。ああ、ありがとう。委員会頑張ってね」
「はい」

 頷きながら背中を見送った。二度目ともなるとさすがに目が覚めて、少しだけ伸びをする。それから本に向き直り字を追いはじめた、その矢先。

「久作君久作君」
「どわあぁっ!」

 自分の顔をした男が上から降ってきた。ぱっぱっと服を払って、機嫌良さそうに男は目を細めた。

「君はなかなかいい反応をするなあ」
「驚かさないで下さいよ鉢屋先輩」

 声に少々非難の色を浮かばせる。出てくるたびに驚かされるのではたまったものじゃない。
 目の前の五年生はこちらの心情を理解しているのかいないのか、まだにこにこと笑っている。しかしあまり関わったことのない先輩にそれ以上強く言うこともできない。久作は軽くため息をついた。

「雷蔵先輩なら先ほどここに来ましたよ。もしかしたらまだ近くで鉢屋先輩を探しているかも」
「雷蔵がわたしを探している?」
「そうです。先輩も雷蔵先輩を探してらっしゃったでしょう」
「わたしが雷蔵を?」
「えっ……だってさっき……じゃあどうして図書室に」
「本の返却にきたんだが」

 言われてみれば確かに本を持っている。本を受け取り図書カードと照らし合わせてみたが、題名はちゃんと合っていた。ということは目の前の五年生は鉢屋三郎その人に違いないということだ。
 しかし待て。久作は混乱する頭をどうにか回す。本の題名が合っているぐらいのことで決め付けるのは浅はかかもしれない。
 何せここは忍者の学校だ。本ぐらい部屋から持ち出すのは造作もないだろうし、題名が分かっていれば同じ本をそろえることはわけない。ということは目の前に居る鉢屋三郎は本当の鉢屋三郎ではない可能性も少なからずあるわけで。それともその前に来た鉢屋三郎が偽者で、今ここにいるのが本物の鉢屋三郎なのだろうか。

「あーもうややこしー!」
「まあ落ち着いて、とりあえず返却印を押してくれないか」
「これが落ち着いていられますか。というかどうして落ち着いているんですかっ。先輩の偽者が出たかもしれないんですよ!」
「雷蔵を探している鉢屋三郎が誰だろうと大したことじゃないだろう。別に害があるわけでもないんだから」
「ですが」
「今一番大事なのは委員会の仕事を遂行することだと思うぞ」
「……はい」

 釈然としないが言うことは最もだ。それにいい加減考えるのも疲れてきた。ぽんとカードに判を押すと、それを確認した三郎(あるいは三郎の振りをした偽者)は面白そうに笑った。

「ところで君はわたしのことばかりを気にしているが、わたしを探しに来たという雷蔵は本物だと信じているわけだね」
「へっ?」

 意味深な言葉を言い放って戸を閉める。残されたのは謎ばかりだ。

「何だか居眠りどころじゃなくなったなあ」

 欠伸は出てこない。本を読む気にもならない。何もしたくない。要するに酷く疲れていた。わけの分からないことが多すぎだ。
 だが当番を放棄することはできない。とりあえず今返却された本を棚に戻そうと思い腰を上げた。と同時に戸が開く。
 現れた人物を見た久作はとうとう頭を抱えた。
 本日四度目の顔がそこにあったのだ。






 





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どうしたらいいのか分からない話。