年が明けて早々、男子高校生が三人も集まって、初詣に行くでもなくただひたすら蕎麦をすすっている。しかもコンビニで売ってるカップ蕎麦。それが結構な数、部屋のあちこちに転がっている。
電気ポットは水が足りずにしゅわしゅわと唸っていて、三人とも自棄を起こしたように蕎麦をすすり、滝なんか合間に茶を飲みながら怒っていた。
ドアの近くに陣取っていたタカ丸さんが、私を見て顔をほころばせた。
「遅かったねえ喜八郎。さあ座って蕎麦ならたくさんあるよー」
「はあ」
状況がよく分からなかったので曖昧に返事をする。続けて私に気づいた滝と三木が蕎麦を突き出してきた。見事なシンクロぶり。大量のカップ蕎麦が互いの友情でも深めたのか。いつになく仲良しな二人は、受け取ろうとしない私に蕎麦をひょいっと放り投げた。もちろん同時に。
しかし二つ一緒に投げられたら受け取ろうにも受け取れない。どちらも受け損ねて床に転がり、円を描く。
「何故受け取らないんだ」
「それは責任持って食べてもらうぞ」
滝と三木は機嫌悪そうに言いつつ忙しく蕎麦をすする。
そう言われても何故元旦に蕎麦を食べなければいけないのか分からない。
「こんなに一体どうしたんですか」
「あーこれねえ」
もそもそと背中を丸めながら、タカ丸さんは少し言いにくそうな顔をした。まあとりあえず座って、と手で示されたが、理由も聞かずにこの蕎麦地獄の中に身を投じたくはない。
私がドアの前で突っ立っていると、タカ丸さんは箸を止めて、ふうー、と長い息を吐いた。
「昨日大晦日だったでしょ。で、大晦日っていったらやっぱり年越蕎麦だと思わない?」
「まあ食べますけど」
「だから食べようと思ってコンビニ行ったら、カップ蕎麦の大安売りしててさー。で、調子に乗ってつい買いすぎちゃって」
「でもこんなに買ったら安いも高いも関係ないんじゃないですか?」
床に、ベッドに、机の上に。部屋を見渡す限り、蕎麦は数十個はある。安売りしてて調子に乗ったからといって、普通こんな量を買い込むだろうか。
「いや、実はこれには続きがあってね」
「続き?」
「帰ってくると、おばちゃんにダンボール箱を渡されたんだ。何かと思ったら大量のカップ蕎麦でさあ。父さんが来てたらしいんだけど、コンビニ行ってたからすれ違いになって」
「それで返そうにも返せず、大量の蕎麦が転がっているというわけだ」
汁まで全てすすって、滝は空のカップを床に置いた。そしてすぐに次の蕎麦に手を伸ばす。お湯を出そうとするが、先ほどから水が足りなくて、怒ったような音を出す電気ポットからはほとんどお湯が出てこない。わずかにちょろちょろと出たあと、ぴたりと止まった。
「ええい!」
短気な滝は眉を吊りあげながら水を淹れに行った。
よく見ると滝が座っていた場所には空のカップが三つ転がっていた。幾ら食べ盛りとはいっても、(恐らく)続けて三つもカップ蕎麦を食べるのはきついのだろう。三木もかなり参ってるようで、ずるずるとやりながらため息を吐いた。
「いつになったら初詣に行けるんだろう」
「そういえばそうだったな」
重そうなポットを持って滝が帰ってきた。沸騰させるまでしばしの休憩タイム。「お前の分まで作ってやるからな」と頼んでもいないのに勝手にべりべり蓋をあけている。
ところで滝の言うとおり、私達は初詣に行くために集まったはずだ。正月も寮に居残るタカ丸さんが収集をかけたのだが、まさかこんなことになっているとは思わなかった。
まあ普通思わないけど。
そうこうしているうちにお湯が沸いて、私もいよいよ蕎麦地獄の中に身を投げ入れることになった。
しばらく蕎麦を無言ですすってから、ずっと思っていたことを口にする。
「訊きたいことがあるのですが」
「どうしたの喜八郎」
「この蕎麦、賞味期限が今日までとかですか」
「いいや違うよ。今年の三月二十日までになってるけど」
「では、別に今日無理して食べる必要はないのでは」
私が言った途端、三人はぴたりと箸を止めた。天の啓示を受けたみたいに表情を固まらせている。ほとんど絶え間なく聞こえていた蕎麦をすする音が止み、今は水を打ったように静かだ。
沈黙が続いた後、滝と三木が同時に頭を抱えた。
「何ということだあああっ」
「俺達の苦労は水の泡ってことかあああっ」
他の寮生が残っていたら苦情を言われそうな程大きな声で、ただひたすら蕎麦を食べ続けた男子高校生二名は叫び出した。タカ丸さんは呆然としている。私は再び蕎麦をすすり始めた。早く片付けないとのびてしまう。
しかしタカ丸さんはまあ分かるとして、他の二人が気づかなかったのには少し驚いた。もしかして俗に言う正月ボケだろうか。
ややあってタカ丸さんが心底困ったように笑った。
「ええーっと……ごめんなさい」
『まったくだ!』
それから三人でわいわいとし始めた。途中で放っておかれた三つの蕎麦は、徐々に暖かさを失い、湯気が立ち消えはじめている。私は最後の一滴まで飲みほし、飛び交うカップ蕎麦を避けながら、賑やかな三人に声をかけた。
「ところで初詣は行くの?」
『行く!』
三人同時に答える。まったく仲が良いんだか悪いんだか分からない。
巻き込まれるのは真っ平だったので、部屋の隅に避難して、転がってた紙コップにお茶を注ぐ。
今年も騒がしい年になりそうだと思いながら、熱いお茶にゆっくりと口をつけた。
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新年明けましておめでとうございます。
単に四年生が最初から最後まで蕎麦を食べ続けている話が2008年最初の更新で良かったのかどうかは分かりませんが、管理人は正月ボケにかかっているということで一つよろしくお願いします。(正月に限った話ではありませんが)
そんなわけで藍色の社も無事新年を迎えることができました。それもこれも訪れて下さる皆々様のおかげです。ありがとうございます!
相も変わらず更新は遅めですが、2008年もよろしくお願い致します。
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