切っ掛けは覚えていない。本当に些末な事だったのだ。それなのに今は目も合わせられない。

「お前ら勘弁してくれよなー。こっちも迷惑するんだぞ」

 久作がうんざりしているのは分かっていたが、左近は取り合わず、夕飯の雑炊を黙ってかき込んだ。箸と椀を置き、茶を啜って立ち上がる。

「ごちそうさま」
「おい、左近」
「何度も言うけれど」

 ぎろりと睨むと久作も押し黙った。

「あれは、三郎次も悪い」
「も、ってことはお前も悪かったって認めてるんだろ」
「でもぼくだけが謝るのは癪だ」
「その気持ちは分かるがなあ」
「あっちが謝ったらぼくだって謝るさ」

 膳を片付けて食堂を出る。背後から「意地っ張り共!」と叫ぶ声が聞こえたけれど、反論に戻ったりはしない。
 自覚は痛いほどにあった。




 きっかけが思い出せない。本当に些細なことだった。けれども今は目も合わせたくない。

「左近と喧嘩してるのって本当だったんだ」

 呆けたように首を傾げて言う四郎兵衛を、三郎次は不機嫌に見つめ返した。彼は何も考えてなさそうな顔で、「早く謝ったらいいのに」と要らぬ助言をしてくれる。

「余計なお世話だ」
「でも珍しいね。二人ともあんまり喧嘩しないのに」
「話聞いてるのかお前……とにかくだ」

 腹立たしく腕を組んだ。

「あれは、左近も悪いんだ」
「てことは三郎次も悪いんじゃないの」
「しかしぼくから謝るのは絶対に嫌だ」
「そういうものかなあ」
「あっちが謝ったらぼくだって謝ってやるよ」

 言うだけ言って四郎兵衛に背を向ける。背後から「意地っ張りだなあ」と呟く声がしたが、聞かない振りをした。
 自覚はなくもなかった。




「結局どっちから謝ったの」
「それがよく分からん」

 翌日の朝、まだ余所余所しく不機嫌だった二人に、久作は呆れて匙を投げていたが、夕方、委員会を終えて帰ってきた彼が目の当たりにしたのは、いつも通りに会話する三郎次と左近の姿だった。
 開いた口が塞がらないとはこのことか。久作は長い長い息を吐いて、湯船に沈んだ。体を洗い終えた四郎兵衛も久作に続く。

「左近なんか自分からは絶対謝らないって、すげー意固地だったんだぜ」
「三郎次も同じようなこと言ってたなあ」

 二人とも同じくらい意地っぱりなのが分かっているからこそ、今一釈然としない。とはいえ今更蒸し返すような馬鹿もしたくはなかったので、真相は闇の底だ。
 もうもうとたちこめる湯気を眺めていると、でもさあ、と四郎兵衛が締まりのない顔で呟いた。

「仲直りしたんだから、どっちでもいいじゃないか」
「……お前見てると、本当にそういう気がしてくるから不思議だよな。……照れるな、あんまり褒めてないぞ」

 四郎兵衛の言う通りには違いないが。
 せめて、と久作は思う。彼らの内、どちらかが四郎兵衛のようであったら、こんなにも己が疲労することはなかったのではないか。
 似た者同士というのも困ったものだ。

「お前は単純だもんなあ。……怒るな、褒めてるんだぜ」

 不可解そうに首を傾げる四郎兵衛を余所に、久作は湯船から上がった。
 少し早いが部屋に戻ろう。気まずい雰囲気に、居心地を悪くすることもなくなったのだから。