たまの休日に羽を伸ばすのも悪くない。
これといった目的を決めずに街を一人、ぶらぶらと歩き回るのは何て気楽なことであろう。学園と似た、しかし明らかに異なる喧騒を滝夜叉丸はそれなりに楽しんでいた。
何軒かの店に立ち寄り、品物などを眺めていると、すぐに昼を回ってしまった。腹の虫が疼くのを感じて、さて飯でも食べようか、と手頃な店を探し始める。
しかし昼食時はどこの店も混んでいるものだ。
多少待っても美味しい店に行くべきか、味は落ちてもすぐに食事にありつける店に行くべきか。一寸考え、すぐに食えるところがいいなという結論に至った。
味に対する好みがないわけではないがこだわりは特にない。それより先ずは腹を満たすことが大事である。
長蛇の列を作っているような処は避けて、街の外れの、そこそこ小さなうどん屋に足を踏みいれた。
四つしかない卓は三つも空いていて、客は滝夜叉丸を合わせて僅か二人。その客も今まさに食べ終わりそろそろ席を立とうとしているところである。
さすがに昼時にこれは拙いのではないだろうかと店と味の心配をしてみたが、空いた腹の前ではどうでもいいことであり、深く考えるのは止めて、入り口に一番近い席に腰を下ろした。
店員が奥から出てくる気配を感じながら、お品書きに一通り目を通す。揚げうどんでも頼もうかと顔を上げ、信じらないものを見た。
「やあ、滝夜叉丸。偶然だねー」
「偶然って、何をしてるんですかこんな処で」
「何って注文を聞きに」
暢気に笑う店員はどこからどう見ても斉藤タカ丸であった。たまたま入ったうどん屋で同級生に会うなんて、それも客同士ではなく店員と客としてである。訳の分からない展開に目を見張っていると、タカ丸はまったく気楽な表情で頭など掻いた。
「おれも滝と一緒で、うどんを食べにきたんだけれどね」
「食べ終わったはいいものの財布を落として代金を払えなかったとでも?」
「惜しいなあ」
何故か楽しそうに笑う。
「落としたんじゃなくて、忘れてきたんだ」
「ああ、そうですか」
つまりは払えなかった代金を補うために店で働いているわけだ。
呆れて物も言えないという状況も彼相手ではすっかり慣れてしまった。滝夜叉丸は傍でふにゃふにゃ笑うタカ丸から視線を外し、もう一度お品書きに目を通した。
品数はお世辞にも多いとはいえず、妥当なものとしてはやはり揚げうどんだろうと、初志を貫徹する。
「それでは揚げうどんをお願いします」
「はーい、揚げうどんね」
注文を聞いたタカ丸が店の奥へ呼びかける。それに応える野太い声はどうやら店主のものらしい。他に店員はいないようだった。
もう一人の客が立ち上がると、そつのない動きでタカ丸が寄って行くので少し感心してしまう。職種は違えど彼は少し前まで働いていたのだ。当然といえば当然のことだろうが、それでも普段の言動を思い返してみると一寸意外ではある。
だがそれ以上に意外なことが起きた。
「うわっ」
やけに鈍い動きで宙を彷徨った手が、タカ丸の体を突き飛ばした。
驚いたタカ丸はたたらを踏み、尻餅をつく。それを確認する間もなく男は駆け出した。もちろん金は払っていない。所謂食い逃げという奴だった。
呆然と男の背中を見送るタカ丸を尻目に、滝夜叉丸は動き出していた。店を飛び出し男を追いかける。俊足とは言いがたい男に追いつくのはさほど難しいことではなかった。得意の戦輪を出すまでもなく、あっという間に距離を縮めると、滝夜叉丸は男を取り押さえた。
男は泡を食ったような顔でじたばた暴れまわった。
「お、おれが何をしたと言うんだ」
「しただろうが今。食い逃げが犯罪だという事も知らんのか己は」
「銭が無かったんだ、離せ」
押さこむ手から何とか逃げ出そうともがきにもがく。
あまりの往生際の悪さに、関節の一つでも外して大人しくさせようかと思った丁度その時、後ろから野太い、ドスのきいた声が聞こえた。おまけに間延びした緊張感に欠けた声も重なる。
「こいつが食い逃げ野郎か」
「うわあ凄いなー、滝夜叉丸。追いついたんだ」
「当然です。この私を誰だと思っているんですか」
タカ丸と、もう一人は知らぬ人物だった。
あ、そうそうこちら店長さんとタカ丸が言わなければ山賊か何かの類だと勘違いしたままだっただろう。いかつい顔はとてもじゃないが一介のうどん屋店主には見えやしない。しかしよくよく見てみればその手に握っているのはおたまである。
うどん屋はその迫力ある顔を食い逃げ男の鼻先へと近づけた。暴れる手が止まった。息遣いさえ聞こえなくなる。
「おい兄ちゃん、わしの店で食い逃げなんて随分いい度胸じゃあねえか」
男は何も言わない。青い顔でただ首を上下に動かすばかりである。
滝夜叉丸はそろりと二人から離れた。逃げ出す気がすっかり失せたらしい男は、うどん屋の口から手玉のように飛び出す説教を静かに聞いている。
滝夜叉丸は悶着で汚れた衣服をぱっぱと払い、さてこれからどうしようかと思案した。肝心のうどんにまだありつけていないが、うどん屋と男を見る限り、説教が終わるのには相当時間がかかりそうだ。このまま待つより他の店を探した方が早いのは明らかである。
「それではタカ丸さん、私は別の店に行くことにしますので」
「えええーっ」
非難の声をあげられた。
「待ってよ滝夜叉丸、おれも行く」
「行くって、あなたしばらく働かないといけないんでしょう」
「それはそうなんだけど……あ、そうだ滝夜叉丸、お金貸してよ。もちろん後でちゃんと返すから」
「ですが私もそう手持ちがあるわけではないですし」
そう言って突っ張ろうとしたがタカ丸は中々しつこい。一生のお願いだからさーと安易に言い募る彼は、恐らく今までの人生の中で既に『一生のお願い』とやらを使い切っているのではないかと思われるが、しかし本気でしつこく手を合わせられるのでついに滝夜叉丸の方が折れた。
財布から銭を出してタカ丸に渡す。彼は嬉しそうに笑って、今だ説教を続けるうどん屋へと近寄った。借りた銭を渡し、一言二言交わす。それから話がついたらしく、前掛を取り、ほっとしたような顔で滝夜叉丸の元へと戻ってきた。
「じゃあ行こうか」
「行こうってタカ丸さん」
本当についてくるつもりかと呆れたが、一方でまあそれも悪くはないかとも思った。同級生と出歩くのは久しぶりの事である。ぐいと強引に腕を掴まれ引っ張られるのは少々頂けないが。
「ここからちょっと行った先に美味しい団子屋があるんだよー。しかも味の割に安い」
「……もしかして奢ってくれと?」
「後で返すよ」
調子の良い事ばかり言う彼のその手を、しかし滝夜叉丸は振り払いはしなかった。
終わることなく続く説教を遠くに聞きながら、穏やかな午後の道を気ままに歩き始めた。
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若松ハルキ様リクエスト、タカ滝です。非常に遅くなって申し訳ない!
成り行きで行動を共にする二人、というのが密かなテーマでした。書き終わってから行動を共にする前に終わってしまった事に気づきました。…後は脳内補完で(それにしても便利な言葉です)。
しかしこの二人書くの楽しいなあ。
若松ハルキ様、素敵なリクエスト本当にありがとうございました!
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