目を合わせた途端、酷い顔をしていると笑われてしまった。あんまりげらげらと遠慮なく笑うものだから腹が立って引っ叩いてしまったが、にもかかわらず彼は笑い転げたままだった。

「だって面白れーんだもん。その顔どうしたんだよ」
「からくりを調節してたら誤っちゃってさ」
「へえ、珍しい事もあるんだな」
「団蔵用に作ったのだから、ぼくにはちょっと強力だった」
「団ぞ……っておいおいおい待てよ兵太夫!」

 馬鹿みたいに浮かべていた笑みを消して慌て始める団蔵はもちろん無視して、兵太夫はさっさと医務室へと向かう。右の目蓋が餅のように腫れあがって、鼻の下には微かに血の跡。団蔵の野郎、少しは心配したらどうだと忌々しげに思いつつ、乱暴に医務室の戸を開けた。

「うわ、兵太夫どしたのその顔!」

 薬棚の整理をしていた乱太郎がぎょっとする。短く説明すると、彼は心配そうに眉根を寄せたので、団蔵への憤怒はいささか収めることができた。

「とにかく冷やさなきゃ。水汲んでくるから待ってて」

 慌てて桶を引っつかんで出て行く乱太郎を見送って、一人残された兵太夫は腰を下ろし、ぼんやりと医務室の天井を見上げた。腫れた右目蓋がじんじん痛んで、嫌でも顰め面になってしまう。
 誤作動を起こしたからくりの成れの果てが浮かんだ。
 ……いつもなら。
 居もしない人間に八つ当たるような気分で、はっきり浮かぶ木目を睨みつけた。
 いつもの己ならあんな失敗はしなかったのに! 
 歯を鳴らせば、一段激しい痛みが襲ってきて、固く拳を握った。

「失礼します」

 意識が四散していて人が来た事に気付かなかった。しかも、よく聞き覚えのある声である。目が合った瞬間相手がにこりと笑った。

「兵太夫、ここに居たんだ」
「居て悪いか」
「そんなこと言ってないだろ」
「……うん、ごめん」

 呆れたように言う三治郎は笑顔のままだ。さすがに刺々しい言葉になってしまったかと申し訳なくなり、一言謝ると、三治郎は相変わらず朗らかな笑みで、首を振る。

「謝らなくていいよ。そんな素直な兵太夫、気味が悪いもの」

 さらりとこぼす級友に、痛みも構わず苦笑してしまった。

「ぼくを探しに来たのか?」
「うん、部屋に帰ったら壊れた仕掛けと血が散乱してるんだもの。驚いたよ。誰か引っ掛けたのかとも思ったけれど、あのカラクリはまだ完成してないようだったから」

 未完成の罠を使用するのは兵太夫の美学に反するでしょう。三治郎の台詞を、いささか苦々しい気持ちで兵太夫は受け止めた。三治郎曰くの「美学」こそが重い足枷になっていたからだ。
 ここ最近、設計図上は完成している筈の新しい罠やカラクリが、どうも上手く作動しないのだ。完成しているのに未完成。そんなものを本使用するわけにはいかず、ひたすら設計図と睨めっこを繰り返していた。
 さすがに疲れて、気分転換に別のカラクリを造っていたのだが、それさえ上手くいかず――どころか、簡単な手筈を間違えてしまい、兵太夫自身が被害を受けてしまった。
 前にも何度か作ったことのあるカラクリで、一度も失敗したことはなかった。こなれていた筈だった。それなのに。
 何度も苦虫を噛み潰す。
 下級生の頃ならともかく、五年になった今、あのような初歩的な間違いをしてしまうなんて。
 久々の失敗に、苛ついて仕方がない。
 胸の底から湧き上がってくる苦しく、焼けるような思い。打ち付けられるような痛みが、目蓋の腫れよりも余程酷く襲い掛かってくる。今まで築き上げてきたものが粉々に砕かれてしまったような。

「あのさあ兵太夫」

 暫く黙っていた三治郎が、ゆっくりした口調で呟く。人好きのする笑顔はもう浮かべていない。代わりに、静かな表情をしていた。

「今度のお休み、二人でお団子食べに行かない」

 突拍子のない発言に目を剥いた。

「と、唐突だね」
「峠のお団子屋が美味しいってしんべヱが言ってたの、前から気になってたんだ」
「でも、ぼくそういう気分じゃ」
「だからこそ、行こうよ」

 いつになく強気な三治郎に反対することができない。だが頷くこともできずにいると、「決まりだね」と三治郎は勝手に取り決めてしまった。普段の彼なら強引に物事を推し進めたりはしない。そして、普段の兵太夫なら強情に己の気持ちを曲げたりはしないのに。

「……ごめん」
「だから気味が悪いってば」
「うん、ぼくもそう思う」
「行く?」
「……三治郎が奢ってくれるんだよね」
「あはは、それはないよ」

 微笑みながら一刀両断する三治郎に、ようやく兵太夫は笑みらしい笑みを返した。腫れた片目と鼻血の跡の所為で情けない笑顔になっていたのだろうが。
 そこで医務室の戸が開いた。肩で息をする乱太郎の眼鏡が少しずれている。よほど急いできたらしいが、その割には時間がかかりすぎていた。井戸への距離も遠くないはずだ。

「あれ、三治郎」
「お邪魔してるよー」
「遅いぞ乱太郎」
「ごめん兵太夫。持ってった桶に穴が空いてたの忘れてた」

 おまけに代わりの桶も欠陥品で……と相変わらずの不運ぶりを連ねる乱太郎に兵太夫は嘆息した。三治郎は何故か楽しそうに微笑んでいる。

「そういや団蔵に会ったよ。さっきは笑いすぎたごめん勘弁してくれだってさ」

 水を浸した手拭が腫れた目蓋に当てられた。鋭い冷たさに走った刺激と、僅かな心地よさを感じながら、意外な殊勝さをみせた団蔵の顔を思い浮かべる。
 あの時は本当に腹が立ったから、団蔵用のカラクリを作るのは決定事項だ。しかし、心がけに免じて若干の手加減はしてあげてもいいかもしれない。
 焼けるような思いが引いてゆく。胸をつく苦しさは静まり、萎れていた熱が俄かに上がってゆくのを感じた。
 きっかけが団蔵というのが些か癪だったが、考えてみれば、いつだってやる気の源はそこなのだ。寸分狂いなく作動した仕掛けと、見事に引っ掛かった獲物の光景。思い描けば。思い描いてしまったら、もう。

「兵太夫、どうしたの。にやにやしちゃって」
「あ、いや……あのさ、三治郎」

 横から顔を覗き込んできた三治郎に言葉を濁す。
 もう大丈夫。悪かった、ありがとう、だなんて。
 また気味が悪いと笑われてしまいそうだったから。













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本当は悔しいんじゃなくて、落ち込んでいたんだけど認めたがらない兵太夫。
あと立ち直りは早い。